読むならまずはこれ!2025年のマーケティングトピックス&考察総まとめ特大号 25年12月第5号
今年もありがとうございました!来年ももっと刺激的で他にない情報もりもりのニュースレターにしていきたいので、ご要望ありましたらX(旧Twitter)にくださいませ!
マーケティングニュース&考察2025年総集編 26選
ウィルキンソンの炭酸水、あえて「夜専用」で新商品を出し直す理由は?
「時間を区切る」商品が増えている。炭酸水トップブランドのウィルキンソンから登場した「夜専用の炭酸水」タグソバーは、カテゴリーエントリーポイント設計の好例です。炭酸水の主な飲用シーンは「水の代わり」、つまり昼間。だがウィルキンソンは、「ノンアルコール飲料としての炭酸水」という新しい切り口に着目。フレーバーはライチトニックやレモンジンジャー――カクテル風の味わい。お酒の代替としてのノンアルコール市場に侵食する戦略だ。
興味深いのは、ターゲット設定。
あえて「ソバーキュリアス(意識的に飲酒を控える層)」に絞らず、「夜専用」と時間で区切った。ソバーキュリアスに絞ると市場が限定される。だが「なんとなくアルコールを控えたい」「今日は飲まない」という、カジュアルなアルコール生活の「境界線」は確かに存在する。その大きな市場を、炭酸水は獲得できる――この気づきが戦略の核。
パッケージも戦略的。ペットボトルや瓶ではなく、缶のみ。チューハイをイメージさせるデザインで、「夜の飲み物」という位置づけを視覚的に強化している。
実はこの商品、リニューアル品。
元々はよりソバーキュリアスに寄せた商品で、明確にアルコール代替のポジションを取っていた。見た目もほぼノンアルコール飲料。だが今回のリニューアルで「夜専用炭酸水」とより炭酸水に寄せた訴求に変更。具体的で誰もが理解できる「夜専用」というコンセプトにピボットし、より広い飲用シーンを狙っている。
アルコール代替で夜に炭酸水を飲むのが当たり前になれば、もはやタグソバーでなくても、ウィルキンソンの通常の炭酸水でも選ばれるようになる。カテゴリーエントリーポイントの拡大を目指しているということ(だとおもいます)。
時間軸で区切る戦略は、定番の手法だ。
古くは缶コーヒーのWANDAモーニングショット。最近ではカントリーマアムの「モーニングマアム」なんかもそう。朝にお菓子で食事を済ませる層がいるという発見から生まれた商品で、食物繊維を強化し、食べきりサイズで提供。普段はおやつでしか登場しないカントリーマアムに、「朝」という新しいタイミングが追加された。
既存商品に時間帯を区切った専用商品を追加することで、新たな顧客接点が生まれる。「時間」は誰でも想起できる強力なモチーフだ。市場を広げるには、既存カテゴリーに新しい「時間軸」を持ち込むのもアリでは?
「寝るためにわざわざ旅をする」時代に。旅行が逃避から投資に変化する
「良質な睡眠」を買う時代
ホテル椿山荘東京やシックスセンシズ京都が、睡眠そのものを目的にした「スリープツーリズム」プランを相次いで投入。科学的な測定とウェルネスプログラムを組み合わせた1泊10万円超の高額プラン。
背景にあるのは、日本人の慢性的な睡眠不足。1日の平均睡眠時間が6時間未満の人が4割を占める。生産年齢層に限れば、さらに高い。日本人は、疲れている。
椿山荘のプログラムでは、利用客に睡眠測定キットを貸与し、宿泊前後のデータを比較する。庭園の散策やジムでの運動、アロマの香る暗めの照明、体験のすべてが睡眠の質を高めるために設計されている。併設クリニックの医師が測定データをもとに生活習慣の改善を助言する仕組み。
旅行が「逃避」から「投資」に変わった
ここで起きているのは、旅行の意味の転換。
従来、旅行は現実からの逃避だった。日常を忘れ、非日常を楽しむ。しかしスリープツーリズムは逆だ。非日常の体験が、日常の生活を改善する。旅行そのものが、帰ってからの生活への「投資」になっている。
この変化はスリープツーリズムに限らない。スマホ依存を断つデジタルデトックス旅行、ストレス解消のためのカウンセリング付き旅行。旅行は「自分の課題を解決する手段」として再定義されつつある。世界的にも同様の動きがある。ニューヨークのハイアットは睡眠特化型スイートを設置し、室温・光・寝具を最適化しているし、ファミリーカウンセリングを提供する高級オーベルジュも海外にはある。
この流れを捉えるには、「何を解決するか」を明確にすること。単なる「リラックス」では弱い。 睡眠不足、運動不足、人間関係の希薄化——現代人が抱える具体的な課題を特定し、旅行体験で解決する。体験が重要な時代において旅行に対する期待値は高い。測定可能な成果(睡眠スコア、歩数、ストレス値など)や劇的な体験を提供できれば、10万円台の価格もあり得る。 旅行は「楽しむもの」から「自分を変えるもの」へ。
本来はゴミになるレシートが、社会現象のバズを引き起こす。中国お茶チェーンの「レシート連載小説」
基本的には、もらったら捨ててしまうレシート。中国のお茶チェーン「蜜雪冰城(Mixue)」は、そんなレシートに「連載小説」を載せることで、顧客が勝手に拡散してくれる「メディア化」に成功した。
蜜雪冰城とは何者か?
蜜雪冰城は中国で圧倒的な人気を誇るお茶チェーンだ。最近日本にも進出し、現在5店舗が営業している。中国ではいまお茶チェーンが大ブームだが、その中でもMixueは「圧倒的に安く、超コスパ」で知られる。雪だるま型のブランドキャラクターも人気が高い。
そんなMixueが仕掛けたのが、おそらくコストはかなり低いのに、圧倒的なバズを生んだマーケティング施策。
レシートに印刷された連載小説
物語は全20章。ブランドキャラクターが古代にタイムスリップしてコーヒー店を開く、というストーリーだ。 面白いのは、どの章が印刷されるかが完全ランダムであること。中国で大人気のラブブのようなブラインドボックス方式が、ここでも採用されている。 物語の全てを知るためには集める必要がある。もちろんそれは大変なので、SNSでレシートをシェアする、という行動が自然発生的に起きた。 「渡さなければいけない」が、本来そこに書いてある内容はほとんど気にされていないレシート。それを、ただ小説を印刷するだけで変えてしまったわけだ。
顧客が勝手に広告塔になる仕組み
この施策が素晴らしいのはは、顧客が勝手に広告塔に変貌する点にある。SNS上では「#蜜雪冰城」「#7章どこ」といったハッシュタグが飛び交い、自然発生的なバイラルマーケティングが成立した。 もともと人気があるブランドキャラクターを主人公にしているため、物語を通じてブランドへのロイヤリティも高まる。レシートへの印字は、クーポンを配るよりも圧倒的にコストが低い。CRM施策としても優れている。
メディア化するレシート
この小説が話題になったことで、Mixueは小説原作の短尺ドラマをSNSに投稿するなどの追加展開も投入。結果的に、この小説はメディアやシェアを通じて1億回以上読まれている。 あえて物語の断片を提供することで、共創型でブランドのナラティブを作る。この手法は定番化できる可能性もある。捨てられるはずだったレシートが、ブランドを語るメディアに変わる――面白いしアイデアが素晴らしい事例でした。
「史上最も“遅い”買い物」ノルウェーの香水ブランドが提案した森の中の無人ショップでの買い物体験とは?
スウェーデンのフレグランスブランドが、「時間」で香水を売る
スウェーデンのフレグランスブランドKØYIAが、森の中に無人ショップ「The Perfumery」を設置した。住所はなく、案内されるのはGPS座標だけ。店舗で扱うのは香油で、オンラインでは599スウェーデンクローナ(約9,900円)で販売されている。しかし、この店舗ではお金は要らない。代わりに求められるのは、599秒の滞在時間。
10分間、何もしない時間が対価になる
来店客はスマホでチェックインし、599秒のカウントダウンを開始する。約10分間、森の静けさの中でただ過ごす。時間が経過すれば、香油を受け取れる。なぜこんな仕組みなのか。都市生活者は常に「接続」している。通知が鳴り、メールが届き、SNSが更新される。自然と触れ合う時間はなく、立ち止まる余裕もない。生活者にとって「時間」はある意味、お金より重要な価値になりつつあるかもしれない。ブラックフライデーに象徴されるように、世界は「もっと早く、もっと多く、もっと安く」とあらゆる接点でプレッシャーをかけてくる。KØYIAのデザインチームは、その逆を仕掛けた。お金ではなく、時間を対価にする。しかも店舗に行くこと自体に時間がかかり、半強制的に自然の中に入り、触れ合う設計になっている。
購買を、儀式に変える
これは単なるポップアップストアではなく、もはやブランドにとっての儀式であり巡礼と言える。森に入り、GPSで店を探し、10分間何もせず過ごす。この面倒なプロセスを踏むことで、顧客はブランドに対する特別な体験を蓄積する。手に入れた香油は約10,000円かもしれないが、その思い出ははるかに大きな価値を生み出している。同時に、このブランドが何を大切にしているかも伝わる。速さや効率ではなく、静けさと時間。この哲学が、購買体験そのもので示されているよね。
体験を、商品の一部にする
この事例が示すのは、購買プロセスそのものを商品化する発想だ。商品は香油だが、本当に売っているのは「森で10分間過ごす体験」。時間を対価にすることで、商品と体験が混ざり合う。香油を使うたびに、森での10分間が思い出される。商品のスペックが横並びになる中、差別化は体験でしか生まれない。KØYIAは購買プロセスを儀式化することで、10,000円の香油に(しかもオンラインショップで買えるもの)に特別な意味を与えた。どんどん買い物が便利になる中で、逆に不便さが価値になる。不便益の価値。簡単に手に入るものは、簡単に忘れられる。手間をかけたものは、記憶に残るということ。
なぜスタバはスープを新商品として出したのか?新しい顧客接点をつくるキラー商品となるか
スターバックス日本が、初のスープ商品「トリュフスープチーノ」を発売。同時にモーニングセットを「Good Start Morning 」として刷新し、ドリンク+フードで40円引きにする施策も12月25日まで実施。単なる新商品の投入に見えて、実は3つの戦略的意図があると私は考えている。
スープを「ビバレッジ」として再定義
注目すべきは、商品名が「スープ」ではなく「スープチーノ」である点。カプチーノを連想させる新たなジャンルの命名は、スターバックスの意図を感じる。スープは一般的に「食べ物」。スープストックトーキョーのように、食事として提供されることが多い。しかしスターバックスは、スープを「飲み物」として訴求している。バリスタがミルクフォームを丁寧に作り、まるでカプチーノのように塩味のスープを提供する——この体験設計が重要。スターバックスの資産は2つある。「居心地のいいサードプレイス」と「バリスタが手で淹れる価値」。前者は知れ渡っているが、まだ知られ切っていない後者を強化するために、スープをビバレッジの中に位置づけた。コーヒーやお茶で培ったブランド資産を、しょっぱい飲み物な方向に横展開しているのである。
朝食の接点を、新たに創出
モーニングセットの刷新は、スープ投入とセットで設計されている。スターバックスは朝の時間帯、コーヒーを買いに来る客が押し寄せる。しかし「朝食を食べる場所」として認識はされていないだろう。あくまでコーヒーをのむところ。そこに、スープとパンのメニューが揃えば、スターバックスは朝食の選択肢になる(近年スターバックスはフードに力を入れている)。これは客単価向上だけでなく、想起されるカテゴリーのエントリーポイントが増えることを意味する。「朝ごはんをどこで食べるか?」という問いに対して、スターバックスが選択肢に入る。接点が増えれば、利用頻度も上がる。
好調市場だからこそ、実験する
実はトリュフスープチーノは、グローバルで日本が初めて投入した商品。スターバックスは世界的には苦戦中。北米では店舗が減り、中国では中国事業の6割の株式を現地の投資ファンドに売却。一方、日本市場は依然として好調だ。だからこそ、日本で新しいチャレンジが生まれている。
カテゴリーを再定義すれば、資産は横展開できる
既存カテゴリーの再定義によるブランド資産の活用が今回の仕掛け。スープは「食べ物」ではなく「飲み物」になる。バリスタは「コーヒーを淹れる人」ではなく「ビバレッジを作る専門家」になる。こうした再定義によって、スターバックスはコーヒー以外の領域に進出できる。既存ブランドは常に進化しなければならない。重要なのは、自社の資産を正確に把握すること。スターバックスにとっての資産は「バリスタ」と「サードプレイス」だった。この2つを活かせる領域なら、カテゴリーを超えて展開できるということ。
ファミマの「涙目シール」が創り出す社会課題を自分ゴト化させるデザインのパワー
ファミリーマートで展開されている「涙目シール」。消費期限が近い食品の値下げを知らせるシールですが、限定投入されていたものが全国展開され、さらにフリー素材として他の店舗でも使えるように。このシール、単なる値引き告知ではなく、「行動変容のデザイン」として極めて秀逸だと思っています。
まず、前提となる問題として…
食品ロスやサステナビリティの文脈では、消費者と企業の感覚にギャップがあります。企業はESGやサステナビリティを推進する一報、消費者はその「作られた社会貢献」に飽きている。「グリーンウォッシュ」――見せかけの環境配慮が暴かれるなど、消費者の目は厳しい。
では、涙目シールはどう違うのか?
ポイントは、「ロジックではなく、感情に訴えかける」こと。「食品ロスはダメだ」と説得するのではなく、「たすけてください」というナラティブ(物語)で訴えかける。しかもこれは値引きシールでもあるため、消費者は「安価で商品を手に入れられる」という明確なメリットを得る。食品ロスを削減しつつ、消費者に安く買う機会を提供する。win-winの構造なんですよね。
さらに、もう一つのメリットが。
食品をキャラクター化し「たすけてください」と伝えることで、その商品を買う=レスキューする、という心理的満足感を与えている。これは極めて日本的なアプローチ。キャラクターに親しむ文化、食べ物を残さず食べる文化とうまく調和してます。
実際、購入率は5%以上改善。しかもやったことはシールを貼っただけ。シンプルで、コストも低い。
行動変容を起こすのに、複雑な仕組みは要らない。感情に訴えかけ、メリットを明確にし、物語を与える。涙目シールは、その完璧な実例でしょう。
Amazon Prime VideoのAI吹替が、なぜ炎上したか
Amazon Prime Videoが、アニメ「BANANA FISH」の英語吹替にAI音声を使用し、炎上。予告なく実装され、ファンから批判が殺到した後、AI音声は削除された。問題は、AIを使ったことではなく・・・使い方とプロセスが、大きく誤っていたこと。
「初めての公式選択肢」が、AI低品質版だった
BANANA FISHは2018年に日本で公開されたアニメで、元は少女漫画。アニメに関しては英語吹替が存在せず、ファンが長年待望してきた作品。ハードボイルドな世界観と繊細な心の機微を描く作品であり、吹替をする場合には高い質が求められる。そこに、予告なくAI音声が実装された(Beta版と明確に記載されてはいたが・・・)。
ファンにとって「初めて与えられた公式選択肢」が、AI低品質版だった。これはIPに対する侮辱と受け取るファンが多いのも無理はないだろう。BANANA FISHは特に熱量の高いファンダムを持つタイトル。パイロット版として選ぶには、リスクが高すぎるIPだった。
声優への説明なき実装は、裏切りと受け取られる
英語声優にとって、アニメの吹替は重要な収入源でありクリエイティブな仕事の場。AIに仕事を奪われただけでなく、適切な説明のないまま実装されたことが、関係性への裏切りになった。対照的に、アニメ配信のクランチロールは明確な姿勢を示している。「AIをクリエイティブプロセスには使わない」「声優は物語に貢献するクリエイターだ」と明言し、ファンと声優との関係性維持を図っている。動画サブスクリプションサービスは代替するサービスも多い。独占コンテンツでなければ「ここでしか見られない」場合は少ない。結果的にファンは安さや見やすさだけでなく、IPへの愛情も重要視する可能性はある。
AIの是非ではなく、プロセスの問題
エンタメとクリエイティブは、人の感情を動かす世界。感情が絡むからこそ、AIの導入には慎重さが求められる。
問われているのは「AIを使うか使わないか」ではないと思っている。「どの部分に、どの順番で、誰と合意して入れるか」が大切。プロセス、ガバナンス、説明責任。これらが欠けていれば、どれだけ技術的に優れたAIでも炎上する可能性は高い。Amazon Prime Videoは多くのコンテンツを抱え、多言語展開のコストは膨大。AI活用は自然な選択肢だろう。それが絶対NGだということもないはず。しかし、熱量の高いIPに予告なく実装し、関係者への説明もなかった。これが失敗の本質。
感情が絡む領域では、透明性が重要に
エンタメ企業がAIと向き合う際、技術的可能性だけを見てはいけない。まず、ファンと声優に対して透明であること。AI導入の意図、範囲、プロセスを事前に説明する。次に、熱量の高いIPは避ける。パイロット版なら、リスクの低い作品で検証すべきだ。そして、フィードバックを受け入れる姿勢を示した方が良い。ファンとの対話である。クリエイティブ領域でのAI活用は、技術導入ではなく関係性の再構築が重要となる。ファンも声優も、AIそのものを全否定しているわけではない。しかし拙速な実装と足りないコミュニケーションは、信頼を破壊しうる、そんな事例ではないだろうか。
Suicaペンギン卒業に学ぶブランド資産活用の難しさと、どんなコミュニケーションをとるべきだったのか?
Suicaペンギン卒業がネガティブに受け止められた理由
JR東日本が、Suicaのキャラクター「Suicaペンギン」を2026年度末で卒業させると発表。25年間親しまれたキャラクターの突然の交代に、ネガティブな反応が広がっている。この事象は、DBA(ディスティンクティブ・ブランド・アセット=独自ブランド資産)を変更する際のコミュニケーション設計の失敗例として、重要な事例でしょう。Suicaペンギンは、理想的なDBAだったDBAとは、見た瞬間にそのブランドを想起させる要素。ロゴや色だけでなく、キャラクター、音、パッケージなどがこれに該当する。Suicaペンギンは、DBAとして圧倒的に理想的な存在だった。可愛らしいペンギンが「スイスイ進む」イメージを体現し、使いやすいUXを「優しいテクノロジー」として表現。駅中のグッズ、銅像まで様々な場面でペンギンを見ればSuicaを想起する——25年間かけて構築された強力な資産だった。そもそもいつも使ってるSuicaのカードにはペンギンがいる。
ビジネスロジックは、理解できる
JR東日本は「Suica Renaissance」を掲げ、Suicaを移動用カードから生活のデバイスへ進化させようとしている。バーコード決済、高額決済、送金など、金融サービスへの進出を目指す戦略。同社のロジックはこう。「Suicaペンギンは移動と結びついた資産。金融サービスへ進化するSuicaには、新しいキャラクターが必要だ」。ビジネス判断としては理解できる。それに権利関係も複雑なので、より接点が拡大する次のタイミングに向けて、機動的に活用可能に変えていくことは、ブランド戦略としてもわかる。ただ、コミュニケーションの設計には改善の余地があったかもしれない。
強いDBAには、感情が乗っている
問題は、発表の仕方。JR東日本は、シンプルに「卒業します」と発表した。次のキャラクターは未定。ペンギンショップや銅像の扱いも未定。ITメディアの取材に対しても「ありがとうございました。今後のことは答えられません」との広報対応。決して間違っているわけではないものの、ブランド資産の価値をもう少しデザインできたと思う。強いDBAには、人々の感情が乗っている。ブランド資産の価値は、認識できる差別性だけでなく、そこに積み重なった思いにある。Suicaペンギンのグッズを愛用する人、駅で銅像を見るたびに安心する人——多面的にIPを活用してきたからこそ、愛されていた。その感情を無視し、企業側の都合だけで「変わります」と告げれば、人は冷めてしまうのは無理はない。
「100日後に死ぬワニ」の失敗
この構造は、「100日後に死ぬワニ」の炎上と酷似している。X(旧Twitter)で大きくバズったコンテンツが、ワニが死んだ瞬間にビジネス発表を行い、一気にファンが離れた。エモーショナルな作品だったにもかかわらず、コミュニケーションを誤ったことで、人が冷めるだけでなく、アンチ化も招いた。感情を活用するタイプのIP型のDBAはうまく運用できれば強力な一方で、扱いを誤れば反転するリスクがある。ドン・キホーテのドンペンに関するコミュニケーション設計も同様の難しさがあった。
ではどのようなコミュニケーションならよかったか?
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Suicaペンギンへの感謝と物語を語る。
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Suica Renaissanceが生活者にとって何を意味するのか、ビジネススピークではなく日常の言葉で説明する。
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新キャラクターがどう決まるのか、ペンギンの遺産をどう引き継ぐのか
——こうしたストーリーを丁寧に設計すれば、逆に盛り上がる可能性もあった(もちろん反発は絶対にあるだろうが)。話題の流れは一度定まると、払拭するのは困難だ。今からのコミュニケーションは、相当難しい。
DBA変更は、感情設計とセットで行うべき
この事例が示すのは、DBA変更におけるコミュニケーション設計の重要性だ。強いブランド資産を変える際、ビジネスロジックだけでは不十分。そこに乗っている感情を理解し、ストーリーを設計する。卒業の理由、感謝の表明、次への期待——すべてを丁寧に語る必要がある。企業都合で変更するのは自由。しかし、そのコミュニケーションは慎重に行う必要がある、感情も受け止めているDBAの変更は、感情設計とセットで行うべきなのだろう。
5,000円の水の衝撃。「あえて高いものをリリースする」プライシングのマジックとは?
5,000円の水が売れる理由——価格がブランドを作る
MTGの美容ブランド「ReFa」が、5,000円超えの水を発売。富士山頂上付近の永久凍土の下で約70年かけて磨かれた地下水を採取した商品。天然水に5,000円を正当化できる科学的根拠があるか。答えはノーだろう。ただ、この水は既にSNSで「飲んでみた」報告が散見される。なぜ売れるのか?
「一番高い」が、価値を作る
人間は、一番高いものに価値を感じる。栄養ドリンクを選ぶ場面を想像してほしい。調子が悪い時、重要な仕事の前——こうした時、普段より高い商品を選ぶ。成分を細かく見るわけではない。「高い=効く」というように、価格が効能を決定するようなイメージ。
5,000円の水も同じ。「一番高い水を出している」という行為自体が、おもてなしの手段になる。LAの高級スーパー、エレウォンの20ドルスムージーがヒットしたのも同じ構造だ。「これを飲んでいる私」に価値が生まれ、SNSでバイラルした。美容領域は特に、この価格心理が効きやすい。絶対的な効果よりも、「私がどう感じるか」という相対的価値が大きいから。
機能から情緒へ、ブランドを転換する
この水は、"ReFa コレクション"の一環らしい。希少素材の探求、伝統技術との融合、クリエイターとの協業——主力商品ではなく、ブランドアクションに近い。ReFaは美容機器として高いモメンタムを得ている。しかし現状は、機能的価値が中心。この水の狙いは、情緒的価値への転換。「高い水」を通じて、ReFaを機能を超えたブランドに昇華させる。価格から、ブランドエクイティを作る挑戦。
プレミアム商品は、ブランド全体を引き上げる
プレミアム商品のブランディング効果とは何か。5,000円の水自体が売上を支えるわけではない。しかし「ReFaは5,000円の水を出すブランド」という認識が広がれば、既存商品の価値も引き上げられる。価格帯がアンカリング効果を生み出す。重要なのは、価格に見合う満足感を設計すること。5,000円の水なら、パッケージ、購入体験、飲んだ後の感覚——すべてが期待を超える必要がある。価格は入り口だが、体験が伴わなければ持続しない。
「体験」を重視する“脱・タイパカメラ” 富士フイルム「X half」
富士フイルムが、「不便なカメラ」で若者を獲得
富士フイルムが2025年6月に発売した『X half』が売れている。見た目もレトロでかわいいが、人気の秘訣はフィルムシミュレーション機能だ。フィルムカメラのような撮り味を再現でき、フィルムカメラを懐かしむ壮年世代だけでなく、若い世代にも売れている。
撮り終えるまで、写真を確認できない特殊なUX
注目すべきは、あえてUXに制限をかけている点。
このカメラをフィルムカメラモードに変更すると、設定した枚数を撮り終えるまで背面の液晶ディスプレーで確認できなくなる。フィルムカメラと同じ仕様だ。すべて撮り切ったら、スマホアプリ上で「現像」する。
デジタルカメラなら、その場で写真を確認できる。あえて「不便」にするこのモードのアプローチは非常に特殊だ。そして、この体験こそが支持を得ている。
1枚の価値が、UXで実現される
一定枚数撮るまで写真を見られないため、スマホカメラのような連写・大量撮影ができない。「いつ、どうやって一枚の写真を撮るのか」という撮影自体の尊さ、1枚の撮影の価値がUXによって実現されている。
「不便益」が、価値になっている。
デジカメが、若年層を中心に復権中
このカメラに限らず、若年層を中心にデジカメが復権中だ。
みんなが持っているスマホにもカメラはついている。しかしデフォルトの撮影機能は、美しく自動で修正される傾向にある。「加工疲れ」の文脈の中で、あえて自然でレトロな映りを求める層がデジカメの写真に魅了されている。スマホカメラでは修正される(あるいは起き得ない)白飛びやノイズすら、ポジティブに受け止められている。
リコーのGRシリーズは需要過多で常に抽選販売、キヤノンのPowerShot G7もプレミア化している。そんなカメラで日常写真をローファイでレトロな写真として思い出に残し、SNSに投稿するムーブメントが起きている。
加工していない、自然「風」が感情を刺激する写真になっている。
これはnano-bananaで再現したものですが、こんな写真を良くInstagramで見かけますよね。
日本の「夜の街」の構造変化:二次会はどこへ消えたのか?
2019年と2025年の人流データを比較すると、日本の歓楽街は深夜帯の人流が恒久的に消失している。コロナ禍を経て、繁華街での人の動きは構造的に変わった。
数字が示す「二次会の死」
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札幌・すすきの:23時の人流が24%減
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大阪・北新地、福岡・中洲:20時の人流が38%減
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東京・銀座:24時台の男性比率が12.6ポイント減
この数字が物語るのは、ビジネスマン男性の行動変化。 日本のビジネス文化を支えてきた「長時間・集団型の夜のお付き合い」は、コロナによって破壊され、そして戻っていない。二次会に繰り出すビジネスマンは激減し、一次会で速やかに解散する人が大半を占めるようになった。
一方、若年層(20代)は18時台に最も増加している。夜の街から離れたわけではない。ただし彼らも早い時間に集中して楽しむスタイルを選ぶ。夜の繁華街のゴールデンタイムは、18時~21時の3時間に凝縮された。
なぜ二次会は消えたのか
リモートワークの定着が最大の要因だ。「全員がオフィスにいる」前提が崩れた瞬間、多人数の飲み会は成立しなくなった。企業のコンプライアンス強化や経費削減も追い打ちをかけた。接待費や飲み会補助を出さない企業が増え、若年層を中心に「飲みニケーション」への参加が義務ではなくなった。
「義務としての二次会」は消滅しかけていると言ってもいいだろう。
夜の街は何を変えるべきか
短時間・高回転の時代。いわゆる宴会需要はアテにしにくい。
18時~21時の体験を重視するのはもちろん、少人数の会での気の置けないコミュニケーションの価値を高めるような飲食店が求められる。深夜営業を前提にした店舗設計や人員配置は、もはや非効率でしかない。むしろ早い時間帯の「濃密な体験」が重要に。
一方、足元では「選択的なコミュニケーション」を求める層も増えている。義務ではなく、本当に行きたい人と、本当に楽しい時間を過ごす。この変化を捉えられるかが、夜の街の生き残りを分ける。
さらば青春の光と、マウントレーニア。オープンに売上連動型出演契約を結ぶ「事業KPIを物語化する」新型PR
何が起きたか
森永乳業のマウントレーニアが、さらば青春の光・森田哲矢との「売上連動型出演契約」をXで発表した。公開された"契約書"には、11/3-12/28の売上前年比で翌年の露出が段階的に変わると明記されている。
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大幅減=契約終了
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減少=声のみ
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横ばい=WEB企画
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微増=渋谷・難波ポスタージャック、アドトラック、石尾"解雇"
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+11〜15%=TV-CM(海外ロケ)
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+16〜20%=限定パッケージ・コラボCM
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+21%超=新味開発・海外旅行
「頑張れば報われる」を可視化した
通常、広告契約はタレントにとって締結時点で仕事がほぼ終わる。反応が良ければ契約継続もあり得るが、「どれだけ頑張るか」がKPIになることはまずない。 旧ジャニーズファンなどは広告契約時に商品を大量購入することがあるが、あくまで自主的な動きだ。今回は違う。森田が頑張れば頑張るほど報われることが明示され、ファンにも「頑張りがい」が生まれた。 実際、ファンは「毎日1本飲めるか挑戦 22日目」と日数カウントで購入報告し、「#マウントレーニア購買運動」「#さらば森田に地上波CMを」といったタグも自然発生している。
「暗黙の了解」を話題化のタネにする
あらゆる構造が可視化される時代だ。「売れたら契約が続く」「地上波CMはタレントにとってご褒美」という業界の暗黙知を、あえて公開した。売上というKPIすら、リアルタイムで状況が変化するコンテンツになる。推し活の感情構造を、マーケティングに転用した設計だ。
リスクも明確にある
マウントレーニアは過去に森田を二度起用しており、さらばの文脈を正確に理解している。だが、温度感を間違えればファン感情の過剰利用になる。期待を糧にした仕掛けは、着地を失敗すれば話題化が逆回転する。年内の着地まで含めて、このキャンペーンの評価は決まる。
“値下げしない” ブラックフライデー 「安くなる日」ではなく、「価値を上げる日」に。
ヘラルボニーのブラックフライデーは、従来型の値下げではなく「価値を上げる日」という特別な設計になっていた。値引きをせず、対象商品の作家報酬を通常の2倍にするもの。ヘラルボニーはそもそもブランド自体が価格というよりも、作家を支える、というブランドとして知られています。当然勝っている人も、そうした価値を含めて価値だと認識しているわけです。だとするならばヘラルボニーらしい、あるいは顧客が喜ぶ設計とは何か?と考えたときに、必然的にその値下げに使う値引き原資を、顧客ではなく作家へ再配分することがブランドとして「正しい」アクションになる、という考えられた設計。
そもそも値下げというものは、本来の商品価値を損なう可能性のあるアクションです。もちろん販促として非常に強力なことは言うまでもないですが、長期の価格整合性、通常時に買う人との不公平感、あるいはセールが常態化すると買い控えなどが起きる可能性すらある内容です。ヘラルボニーのアクションは、価格という崩しにくい価値を変えずに、さらにブランドらしい価値を増幅する秀逸な値引き原資の使い方と言ってもいいでししょう。
こうしたブラックフライデーを活用した「価値転換」は近年多くのブランドで見られており、期間中の売上金額の一部をNGOや保護団体などへ寄付するアクションは海外のブランドでもよく見られるようになりました。また、アメリカのアウトドアショップREIでは今年もブラックフライデーにあえて店舗を閉めて、従業員が「外に出る時間」をつくる方針を継続中。「売らない」こと自体がブランドアクションになっています。
値引きに走らず、ブランドの文脈を活用し、でもブラックフライデーというムーブメントに乗っかることで安価でPRしていくアイデア。
ヘラルボニーのブラックフライデーは、値下げをしなかった。代わりに、対象商品の作家報酬を通常の2倍にした。
「値下げの日」を、「価値を上げる日」に転換した設計。
値引き原資を、顧客ではなく作家へ
ヘラルボニーは、障害のある作家を支えるブランドとして知られている。顧客もその価値を含めて商品を買っている。
だとすれば、ヘラルボニーらしい、顧客が喜ぶ設計とは何か? 値引き原資を、顧客ではなく作家へ再配分する。ブランドストーリーとしてただブラックフライデーに乗るのではなく、適切に見えるアクションを選択。
値下げは、本来の商品価値を損なう可能性がある。長期の価格整合性を崩し、通常時に買う人との不公平感を生む。セールが常態化すれば、買い控えも起きる。
ヘラルボニーは、価格という崩すことが難しい価値を変えず、ブランドらしい価値を増幅させたのだ。
ブラックフライデーを、ブランドアクションに変える
こうしたブラックフライデーを活用した「価値転換」は、近年多くのブランドで見られる。
期間中の売上の一部をNGOや保護団体へ寄付するブランドは海外でも増えている。アメリカのアウトドアショップREIは、ブラックフライデーにあえて店舗を閉め、従業員が「外に出る時間」をつくる方針を継続している。「売らない」こと自体がブランドアクションになっている。
値引きに走らず、ブランドの文脈を活用し、ブラックフライデーというムーブメントに乗ることで安価にPRする——このアイデアが広がっている。
セールのムーブメントは、ブランドの価値観を問う機会になりえる
ヘラルボニーの事例が示すのは、セールをブランド価値の再定義に使う発想。
ブラックフライデーは「値下げの日」である必要はない。むしろ「ブランドが何を大切にしているか」を示す絶好の機会になっている。
重要なのは、値引き原資の使い方だ。顧客に還元するのが唯一の選択肢ではない。作家、従業員、社会、環境、ブランドが大切にする対象に再配分すれば、セールはブランドアクションになる。
もちろん、これはムーブメントをうまく活用しているということでもある。おそらく、どのブランドのアクションもなんでもない日に行っても、それほど話題にならない。シーズナルのムーブメントをどう活用するのか?という視点。
サロモンが突然流行した理由を掘り下げてみる
この記事を紹介した際に、実際このブランドフィロソフィーやペルソナ設定の見直しがどれだけサロモンのヒットに貢献しているのか?という質問が来たので、改めてサロモンの歩みを調べてみました。
スポーツブランドであるサロモンがファッションシーンで語られるようになったのはこの10年のこと。
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2016年にスポーツスタイル部門が発足
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2017年あたりから始まったゴープコアの流行
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2018年に都市&アウトドアニーズに答えるスポーツスタイルラインが正式にローンチ
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2019年にリアーナが履いたことで大きく話題になりXT-6が大バズ
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2020年~21年に様々なファッショニスタが投稿、MM6やギャルソンとのコラボでも人気が加速
このタイミングで参考記事に記載されているような、ブランド指針やペルソナが見直されたようです。アクションとしては
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ブランド定義書を40ページ→2ページに
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80超いたペルソナを2つに
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KPIもブランド認知度とブランド価値の2つだけに
といった内容。つまり、サロモンがまさにトレンドとなり、顧客が受け取っている価値が明確化したタイミングで、サロモンとしてのスタイルを「確定」させるアクションとしてこのブランドメッセージの統一が行われた、という時系列のようでした(つまりブランドを整理したから売れた、というよりは、トレンド化するブランドの価値をよりクリスタライズすることによって確固たるブランド価値を確立した、という表現が正しい)。
その後、火付け役のリアーナが2023年のスーパーボウルハーフタイムショーでコラボスニーカーを履いてパフォーマンスしたり、ブランドとしてロード(舗装路)とトレイルの中間にあたる“グラベル”路面を自由に走る新たなランニングスタイル「Gravel Running」を提案するなど、単にカッコよいというだけでなく、まさにスポーツを生活にミックスしていくような体験を提案するブランドとなっています。創業78年のブランドながら、この10年での目覚ましい成長をしている。そのために拡大するチャネルで統一したメッセージを展開するブランド管理が、ヒットの加速を支えていたってことのようでした。
数か月でカテゴリーNo.1になるマーケティングの具体アクションについて、PeopleXのAI面接のマーケティング
特に立ち上がったばかりの商品カテゴリーにおいては、そのカテゴリーにおけるNo.1になるか否かで大きな差が生まれる。AI面接のマーケティングは早期にこのポジションを獲得するための選択と集中が強力に作用した実例と言えるのではないだろうか。
例えばBtoBとして重要な接点である展示会においては「AI面接、体験できます」という1つのメッセージに絞ったこと。展示会ともなればいろんなサービスの価値を訴求したくなるものだが、AI面接という概念が浸透していないのでシンプルに体験できる、という内容にフォーカスしている。
更に面白いのはエレベーター広告にPaidの広告を集中した点。単純なリーチで言えばもちろんテレビCM、あるいは一般的にはBtoB企業はタクシー広告を使うことが多いが(もちろん大前提として価格が安いことを踏まえつつも)、エレベーター広告を選択。エレベーター広告の強みはオフィスビルに中心に入っており、接触頻度が圧倒的に多く、かつ接触時間も長いということ。短いエレベーターなら、確かにスマホを見ずに前を見ることも多い。
こうしたフォーカスを絞った訴求において「AI面接なら」という認知を早期に形成することに成功。大胆にフォーカスし、訴求内容の切れ味を上げる、こうしたアクションが生み出すコミュニケーションのスピード感は結果につながるよね。
Nikeの新スローガン「Why do it.」Z世代対応の新しい「do it」解説
大きく業績を落とし、CEOも交代した苦境にあるNIKE。37年間続いた「Just do it」に代わる新スローガンとして「Why do it.」を掲げたブランドキャンペーンをスタート。
「Why do it」――なぜやるのか。一見すると「とにかくやれ」という命令形だった「Just do it」から180度方針転換したように映る。だが、これは単なる路線変更ではない。Z世代に届けるための、極めて戦略的なコミュニケーション設計なんじゃないでしょうか。
まず「Why do it!?」と問いかけることで、NIKEはZ世代が抱く疑問やシニシズムに正面から寄り添う。理由なく頑張ることや、無条件に努力を称賛する価値観に批判的な彼らに対して、「そもそもなぜやるの?」という問いを先回りして投げかける。一方的に押し付けるのではなく、まず彼らの懐疑を肯定するのだ。
そしてキャンペーンは、失敗のリスク、周囲の目、傷つく可能性といった「やることへの恐怖」を丁寧に並べていく。ここまでは完全にZ世代の感覚に同調している。だが、ここで問いが転回する。
「But my question is, what if you don't?(でも訊きたい、もしやらなかったら?)」
やらないことのリスク。挑戦しなかった後悔。その問いかけによって、視点が反転する。
そして最後に、レブロン・ジェームスをはじめとするNIKEのトップアスリート――つまりヒーローたちの本気の姿を見せつける。彼らの圧倒的なパフォーマンスが語るのは、「本気になることはクールなんだ」というメッセージだ。
結局、行き着くところは「Just do it」と同じ。挑戦することの価値、本気で取り組むことのカッコよさ。NIKEの魂は何も変わっていない。ただし、そこに至るまでのプロセスを、今の時代、今の世代に合わせて再設計した。疑問を肯定し、問いを転回させ、最終的に挑戦へと導く――このレトリックの流れこそが、NIKEのアップデートであり、再活性化の試みなのだろう。
一方でこれは作為的な気もする。果たして苦境のNIKEを救うほどのインパクトはうまれるか?NIKEの大黒柱であるJust do itに手を入れるリスクを上回る報酬は生まれるか。
ただカワイイだけじゃない。ファンを取り込むあたらしい「かわいいのかたち」
アソビシステムの一連のアイドルプロジェクト「KAWAII LAB」が好調。FRUITS ZIPPERやCANDY TUNEなど、公式TikTokの再生回数は合計数十億回。発足からわずか3年で圧倒的な成果を残している。
一見すると「またスマッシュヒットしたアイドルグループが出た」程度に映るかもしれない。だが、長らく「カワイイ」を追求してきたアソビシステムならではの、極めて戦略的なアプローチがここにはある。
それは、「カワイイ」の定義を拡張したこと。
これまでの「カワイイ」は、外見的な美しさやストーリー性を指していた。アイドルは憧れの対象であり、ファンは彼女たちを仰ぎ見る存在だった。K-POPも基本的にはこのアプローチを継承している。完璧に磨き上げられたパフォーマンス、隙のないビジュアル、それが「憧れ」を生む。
一方、KAWAII LABのアプローチは異なる。彼女たちが提示するのは「推している自分も含めた全肯定としてのカワイイ」だ。
KAWAII LABのアイドルは、憧れの対象であると同時に共感の対象でもある。ファン自身の個性や欠点も含めて肯定してくれる存在。実際、彼女たちの楽曲には自己肯定のワードが並ぶ。不確実性が増す現代において、他人と比べるのではなく、ありのままの自分を一緒に肯定する――推し活の定義そのものを拡大したと言える。
「完璧である必要はない」という訴求は、近年アパレルや美容分野でも増えている。KAWAII LABはそれを「カワイイ」をフックに展開する、極めて日本的なアプローチを取っている。
マーケティング戦略も優れている。
明確にTikTokなどの短尺動画にフィットした楽曲を追求し、さらに一度ヒットした曲を新曲で塗り替えるのではなく、徹底的にこすって認知を広げ、刷り込んでいく。CANDY TUNEの名前は知らなくても「倍々FIGHT」は聞いたことがある――そんな存在になっている。
K-POPが「完璧」を売る一方、日本は「不完全の肯定」を売る。この対比が、KAWAII LABの成功の核心だ。
冷たさを「商品哲学」に昇華させるスーパードライの温度ブランディング
「辛口」で知られている日本で最も売れているビール、アサヒスーパードライが、新しいブランディングに挑戦している。そのキーが「温度」。飲んだことがある人なら分かる通り、辛口ピルスナーなスーパードライは温度が低い方がその価値を感じられる。この「スーパードライの商品価値を最高に感じられる状態」のキーとなる温度にあらゆる顧客接点でこだわるというアプローチをしているのだ。
料飲店で低い温度を実現するお店を認定、さらに低い温度で変わるパッケージ、そして冷たさを感じられる特性タンブラーの配布。料飲店、量販店、家、全ての接点で温度に気を付けて顧客に飲んでもらい、そして冷たさの価値に気づいてもらう。この体験を再現させるために「気づいてもらう」仕組みを様々な場所でしかけているというかたち。
辛さだけでなく「冷たさ」という温度を商品に取り込み、最高の状態で再現すれば美味しい、と体験までブランディングに混ぜていくチャレンジ。非常に本質的で素晴らしい取り組みだと感じます。
生成AIはなぜブランドキャンペーンを行うのか?Anthropic初のブランドキャンペーン「Keep Thinking」
AI「Claude」を提供するアンソロピックが、初のブランドキャンペーン「Keep thinking」を開始。動画広告だけでなく、NYでポップアップストアを行うなどして、大きな話題になっている。
スローガンの「Keep thinking」はなんとなくAppleの伝説的キャンペーン「Think Different」を彷彿とさせるが、多くの人がAIに感じるありがちな危機感「AIが人間の仕事を奪い、思考を停止させる」に対した答えになっている。あくまでClaudeは我々のAIは、あなたの思考を止めさせるのではなく、むしろ促進するパートナーだ」ということを明確に表現している。動画の内容もチェスのグランドマスターがClaudeと対話しながら思考を深める様子や、デザイナーがClaudeを使ってアイデアを洗練させるシーンなど、AIに存在を奪われそうな人を選んでいる印象。
上記はブランドムービー。
なぜAI会社はブランドキャンペーンを行うのか?それは近年AIのモデルの性能が急速に向上する一方で、GPT3が初登場した際の衝撃のような変化は少なくなっており、各社の差が縮みコモディティ化、あるいはエキスパートレべルでないと差異が分からない先鋭化が既に始まっている。
一方でAIは急速に社会に普及し、もともとはBtoB的な側面が強かったAIも、AI会社が考える以上のスピードで一般消費者が日常的に使うBtoCも大きな戦場になっている。そう考えると、AI会社としてはコモディティ化するサービスそのものの訴求だけでなく、ブランドパーセプションを獲得するアプローチをしなければならない、と要請されるようになったわけだ。更にAIに対する不安も取り除く必要がある。アンソロピックのアプローチは、まさにそのような差別化をするための、第一歩という印象。
事実、ポップアップストアには遠方から人が訪れるほどポジティブだったようなので、ロイヤリティ形成にはポジティブなんじゃないだろうか。
「やわらか自己表現」としてのぬいぐるみ Z世代に広がる「ぬい活」
SHIBUYA 109 lab.の調査によれば、15〜24歳女性の8割超が“ぬい活”を経験しているとのこと。ぬい活とは、自分の推しの人物や、お気に入りのキャラクターをぬいぐるみとしてバッグにつけるなどして持ち歩くという行動のこと。中国POPMARTで大人気のラブブやちいかわを付けるなど、ぬいぐるみそのものがチャームになっている傾向の中で、更に推しを要素がミックスされている現象です。
ぬいぐるみはZ世代女子にとって「新しい自己表現メディア」になっているということだと思っていて、この非常に目立つ存在が他者とのコミュニケーションを生んだり、他者に対する自分の紹介として機能、あるいは推しへの愛の表明にもなっているということなのだろう。「ぬい」は持ち歩ける分身であり、ミニチュア的な役割もあるかもしれないですよね。「ぬい」さえいればいつものカフェも推し活写真を撮る場に変化する。
もう1点、ぬいぐるみは「直接的じゃない」価値があるんじゃないか。写真やロゴなどほどより露骨でなく、推し活をマイルドにする「やわらか」な役目もある気がする。そもそもの見た目もマイルド。K-POPではアイドルをキャラクター化する試み(StraykidsのSKIZOOなど)も拡大しているが、そうした文化との連動もありそうです。
渋谷PARCO、絶好調でもなぜ大改装? 「グローバルニッチ」を狙うワケ
日本にもすっかりインバウンド消費が復活する中で、「国内のマス」ではなく「グローバルニッチ」が1つの勝ち筋としてカルチャーの世界では広がり始めている。従来の商業施設では国内の不特定多数を相手にしないと商売が成り立たなかった。しかし今なら「全世界から熱狂的ファン」を集めれば十分に商売が成立するようになった。しかも渋谷PARCOは世界に誇るカルチャー都市、東京のど真ん中にある。商業施設というよりは、流行の集積地点としてのメディア化が進行しているともいえるだろう。単なるテナントの寄せ集めでもなく、渋谷PARCO自体がブランドで、更にそのブランドが集めたキュレーションに価値を出すという考え方。
しかも渋谷PARCOはインバウンド比率40%といっても、単に爆買いがいっぱい、というよりはここを目的地として人が集まるな場所。さらに非効率的な計算された混沌はショッピングの楽しみを最大化しているという印象。さらにPARCOは単に売る場所でなくい、体験的な側面もより強化しており、よりインバウンドが楽しめる場所としての側面を強化している。
ブラックサンダー「断面モンスター」:既存の商品価値からヘルシーに持続的なキャンペーンを生み出す仕組み
次々と面白いプロモーションを提供してくれるブラックサンダーの新たな訴求軸はなんと「断面」。ブラックサンダーの断面を見ると、よくみると目と鼻のように見えてきて…人の顔のように見えるんですよね。という「もともと商品が持っている資産」を活用しているのがこのキャンペーンの一番面白いところだと思っています。このキャンペーンのために、作っているのは告知サイトやニュースリリースだけなんですよね。もちろんコストも最小限で抑えられていると思われます。
しかもこの顔に見えるかどうか、考えようによっては品質の「ムラ」とも言えなくもないこの内容を「発見する楽しみ」に変えてしまうという面白さ。しかもこの試み自体は普遍性があるので、このキャンペーンが終わったとしても文化として「断面を確認する」ことが残る可能性もある。製品の喫食体験そのものを深化させるような設計はとてもうまいと思っています。活用されているのはシミュラクラ現象ってやつですね。点や線が人の顔のように見えてしまう心理現象のこと。
改めてこのキャンペーンの面白いところは、生産プロセスを一切傷めないでコンテンツとして価値化をしていること、そしてブラックサンダーのブランドパーソナリティをうまく拡大できていること。もともとブラックサンダー自体はバレンタインの義理チョコキャンペーンなどのように様々なチャレンジをしているユーモラスなイメージ。そこでこのキャンペーンは「断面モンスター」というどこかゆるくてかわいらしい概念を持ち込むことで、ブランドに人格を付与しているのも面白い点です。
「製品のコンテンツ化」という上手いアクション。
「モデスト・ファッション」が象徴するムスリム市場を起点とした拡大
インドネシアのファッション企業「ボタンスカーブス」の海外進出が加速しているとのこと。インドネシアは実は世界最大のイスラム教徒を抱える国なんです。87%がイスラム教の信仰者。ただ、国教はイスラム教ではないし、ヒジャーブの着用が強制されていないなど、比較的マイルドな国です。
そんなインドネシアで生まれたボタンスカーブスは2016年にブランドローンチ、当初はオンラインだけだったものの、今となってはインドネシアやマレーシアに店舗を持ち、ロンドンやパリでコレクションも展開するように。ボタンスカーブスは自社のファッションを「モデストファッション」と名乗っている。できるだけ肌の露出を控えなければいけないムスリムのムスリムファッションを言いかけたカテゴリーワード。
このカテゴリにすることによって、世界で増大するムスリムだけでなく、保守的な服装を好む女性向けにターゲットを拡大しようとしている。特に消費が旺盛な中東が重要なターゲット。ハラル・フードが盛り上がるように、巨大なムスリム市場を狙ったブランドは今後増えていくのではないかと感じる。世界が近くなった今「グローバル・イスラム」をどう狙うかも重要なマーケティングに。
「ハイパー・ローカル」拠点としての“古くて新しい”コンビニ、ヤマザキショップ代田サンカツ店の魅力
大手コンビニと言えば、基本的には標準化、効率性を追求しているものです。しかしヤマザキショップ代田サンカツ店は全く別方向。地域ではドラマにも出たことのある誰もが知っている店舗だそう。「超属人的な地域密着」というニッチ市場特化し、地域でNo.1のポジションを獲得。
そもそもこのお店が提供しているのはコンビニとしての商品だけでなく店主との会話、常連との横のつながり、あるいは「ただいま」と言える場所。もはや社会的な価値へ昇華されているんですよね。そうなると当然ですが他のコンビニには目は向かなくなる。とても強いロイヤリティを形成しているのです。
結果的にこのレトロなコンビニという存在が昭和的アナログを求める時代性にも結果的にマッチもしている。手書きのあたたかみのあるPOPや、店内の掲示板。あるいは瓶のコーラが人気な商品なのも、ここに来るとレトロ的要素を持つ空間の体験を楽しみたくなるからかもしれません。
コンビニといっても3大コンビニよりは商品開発力は弱いと思いますし、そもそもこのショップは24時間営業でもない。でも本当の意味での「コンビニエンス」がそこにあるのかもしれません。今度行ってみようとおもってます。
https://g.co/kgs/V8mTPTi
ちなみにGoogleMAPでは普通は3点台のコンビニではあり得ない高評価。口コミも読んでいると胸があったかくなるような内容が目白押しです。本当に愛されている…!
アメリカで裁縫が再ブームになっているらしい。人間的活動への回帰としての裁縫
New York Sewing Center、ニューヨークの裁縫教室への需要が急増しており、創立は11年前ながら、この1年で75%も売上が急増。さらにRedditの裁縫コミュニティは200万人のメンバーを抱えており、アメリカでは裁縫が密かにブームになっている。
この教室の創業者はファッションデザイナーで、単なるおばあちゃんの趣味の延長ではなく、あくまでファッションの文脈で裁縫を教えていることがポイント。
面白いのは裁縫がスマホを使わずに他人と過ごすソーシャルな活動として捉えられているということ。裁縫は一種のデジタルデトックスであり、また裁縫教室が人気という意味ではリアルなコミュニティへの参加、という2つの価値を提供している。ある種のウェルビーイングなんですよねと。
いま、スマホを使わない、直接的につながる、あるいはレトロが良いなどの様々な流れがあるが、こうしたデジタルへの反発の中で実に人間的で古典的な活動としての裁縫は確かにフィットしているなと。もちろん、背景における潮流として経済不安と節約志向は大きな影響を与えている。物価高騰の中、新品よりも古着を修繕してアップサイクルするのが経済的だしクールだという考え方。ファストファッションへの反発ももちろんあると言えるだろう。
ニューヨークにできた「プライベート映画館」が示唆する映画体験の進化と変化
ニューヨーク、チェルシーにできた新しい映画館は4人~20人の小さな部屋に別れた20のスクリーンを持つ場所。4人部屋なら200ドルから使えて、1人当たり100ドルのちゃんとした食事のコースを食べることもできる場所。これは新しい映画の体験の提案ですよね。
そもそも映画を取り巻く状況はこの数年で大きく様変わり。Netflixのような動画見放題サービスが当たり前になり、映画公開から家で見られるようになるまでの期間も大幅短縮。映画を映画館で見る、その体験の意味が大きく変わっている。ただ見るだけでなく、体験としての価値を高めていく方向になる中で「最高のシネマ体験を気の置けない仲間と楽しむ」場所としてのこの場所の提案という感じ。
それにプライベートシアターはしゃべってもいいし、子供が騒いでもいい。大切な仲間や家族と最高の環境で映画という最高のエンターテインメントを楽しむこと自体にお金を出す価値があるということなのだ。映画干渉自体がイベント化していく傾向の、非常にわかりやすい事例。しかしこれいいですよね。日本でも誰か作ってくれないかな。
最後までお読みいただきありがとうございます。もし内容が良ければ登録ボタンより、次回のニュースレター配信をお待ちください。
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