マルジェラの変態的ブランディング&メロいの正体 26年2月第3号
忙しいあなたのためのマーケティング情報サプリメント。週に一度、厳選されたトレンドと洞察をまとめていきます。これを読めば「主要なトレンドをキャッチできる」、そういった想いで届けてまいります。まずはご登録をお願いいたします。
マーケティングトレンドインプット 今週のクイック解説3選
MaisonMargiela/folders——ラグジュアリーの「裏フォルダ」を全公開する、変態的ブランディング
MaisonMargiela/folders——ラグジュアリーの「裏フォルダ」を全公開する、変態的ブランディング
みんな大好きマルジェラが面白いブランドアクションを仕掛けている。
2月10日、Maison Margielaが発表した新プロジェクト「MaisonMargiela/folders」。中国4都市(上海・北京・成都・深圳)で4月に開催される展覧会とランウェイショーに合わせた企画なのだが、特筆すべきはデジタル側の仕掛け。プレスリリース・ムードボード・アーカイブ画像・プロジェクトのタイムライン・作業中のドキュメント。つまり、ブランドの「社内フォルダ」をDropboxの共有リンクでまるごと公開したのだ。誰でも閲覧可能。ダウンロードもできてしまう。
普通ラグジュアリーブランドは世界観を守るために、リッチな動画や重厚なUIで武装する。何百万もかけたキャンペーンサイト・計算し尽くされたInstagramのグリッドは定番だよね。一方でマルジェラは、あえて世界で一番事務的なUIであるDropboxにクリエーティブを置いた。ファイル名は「final_final_3」みたいな生々しさ。
「整ったWebサイト」は、もう嘘くさい
なぜ今「Dropbox」なのか。
現代の消費者は作り込まれたLP(ランディングページ)や、計算されたグリッド投稿に飽きている。「それは広告でしょ?」と見透かしてしまう。
対して、Dropboxのフォルダは「生データ」だ。加工されていないテキストファイル・リネームされていない画像。そこには「演出されていない真実」があるように感じられる。実際、メディアはこのプロジェクトについて「内部のドキュメントをそのまま公開するなんて、おそらくどのブランドもやったことがない」というCEOの発言を引用している。
マルジェラはブランドのアーカイブを「鑑賞物」ではなく、「資料」として提示した。「私たちのコードはここにある。あとは好きに解釈してくれ」というある種のオープンソース的なスタンス。これが、デジタルネイティブ世代の「参加したい」「裏側を知りたい」という欲求と共鳴する。
中国市場への「教育」としての設計
もう一つ見逃せないのが、このプロジェクトが中国市場に照準を合わせていること。
マルジェラが中国に参入したのは2019年。わずか数年で26店舗まで拡大し急成長中。中国の顧客は若い女性が中心で、コミュニティは熱狂的だがまだ小さい。「MaisonMargiela/folders」は「マルジェラというブランドの価値体系を、まるごとインストールするための教育プログラム」としても機能する。
4つの展覧会は、それぞれマルジェラを象徴する4つのコード——「アルティザナル(クチュール)」「アノニミティ(匿名性)」「タビ(足袋シューズ)」「ビアンケット(白の上塗り技法)」——に対応している。1988年の創設以来のアーカイブから、初公開の作品も含めて展示するとのこと。
「託す」ブランディングの条件
マルジェラのこのアプローチは、今のブランディングにおいて「編集可能であること」がいかに重要かを示している。
整った世界観を一方的に提示するのではなく、ファン自ら「取りに行く」楽しさを設計する。Dropboxのフォルダは今後もプロジェクトの進行に合わせてリアルタイムで更新されていくらしい。つまり「完成品」ではなく「進行中の共有ドライブ」。未完成であること自体がデザインだよね。
ただし、この戦略が誰にでもできるかといえばそうではない。
「託す」ブランディングが成立するのは、託す先のファンがブランドの文法を深く理解しているから。愛されているブランドだからこそ、生データを投げても文脈が壊れない。むしろファンが勝手に「読み解き」を始めてくれる。
逆に言えば、まだ文法が共有されていない中国市場ではまず「文法」を教えるための装置が必要になる。4都市の展覧会がフィジカルな教科書なら、Dropboxフォルダはデジタルな副読本。中国での「教育」とグローバルでの「開放」を、ひとつのプロジェクトで同時に実現している設計が見事。
「安い魚」の代名詞、イワシが海外Z世代のステータスシンボルになっている!?
アメリカでいま、静かにイワシブーム。
TikTokではインフルエンサーがイワシ缶をクラッカーに乗せて食べ、「skincare in a can(缶に入ったスキンケア)」と絶賛。フィットネス系のアカウントは高タンパク食材として推し、美容系アカウントはオメガ3による「グラスキン(ガラスのような肌)」効果を語るなど、栄養食材としての価値が急上昇。地味なイワシ缶が、Z世代の自己最適化ツールに生まれ変わっている。
インフレが「再発見」させた最強コスパ食材
きっかけは世界的インフレ。
アメリカでは食料品価格の高騰が続き、若い世代にとって普段の食事すらコスパを考えなければならない状況が常態化。そこで再発見されたのが1缶2ドル程度で買えるイワシ缶。実はこの小さな缶にはとんでもないスペックが詰まっている。
1缶あたり約28gの高タンパク。これはプロテインバーとほぼ同等。さらにオメガ3脂肪酸、ビタミンD(1日の必要量の30〜70%)、ビタミンB12(1日の必要量の最大130%)。高価な美容サプリに入っている成分が、缶を開けるだけで摂れてしまうことにみんなが気づいた。しかも調理不要。クラッカーやチーズと一緒に並べれば、そのままおしゃれな食事に。
TikTokでは「looksmaxxing(見た目の最大化)」「skinmaxxing」「omega-3-maxxing」といったハッシュタグと共にイワシが語られている。面白いのはこれが単なる健康トレンドではなく、「自己最適化」というZ世代の価値観と完全に接続していること。プロテイン摂取・肌質改善・抗炎症。すべてが「自分のスペックを上げる」という文脈で消費されている。
「缶」がファッションになる逆転現象
もうひとつ見逃せないのがパッケージの力。
イワシ缶、特にポルトガルやスペイン産の伝統的な缶詰はもともとアートワークとして美しいデザインが多い。ニューヨークには「The Fantastic World of the Portuguese Sardine」というイワシ缶専門のブティックまで存在するんだとか。LAのD2Cブランド「Fishwife」は、ヴィンテージ風のカラフルなパッケージでZ世代に人気。
つまりイワシ缶は「安くて栄養がある」だけでなく、「棚に並べても映える」「SNSに載せたくなる」という実利とデザインを兼ね備えた希有な存在になっている。
バレンタインが映す日本——「社会的税金」から「純度100%の欲望」へ
日本のバレンタインは、実は「進化」し変化している。
多くの企業で義理チョコ禁止ないしイベントそのものの禁止も進み、季節イベントとしては縮小したように見える。実際職場で配り歩くあの光景は相当少なくなっているはず。
そんな中ジェイアール名古屋タカシマヤのバレンタイン催事「アムール・デュ・ショコラ」は、2025年に来場者90万人超・売上49億円超で過去最高を更新。2001年の開始時は売上5,000万円未満だったものが、約25年で100倍近くに。しかも来場者の予算調査では、1位が「1万円以上」、2位が「3万円以上」、3位が「5万円以上」。2026年は150ブランド・約2,700種類のショコラが集結し、さらにスケールアップしている。年間を通じて「アムール貯金」をする猛者もいる。
義理チョコは消えたのにバレンタインの市場はむしろ膨張している。なぜ?
「税金」から「欲望」へのエンジン交換
かつてのバレンタインは一種の社会的「税金」だった。職場の潤滑油として、上司や同僚に配る義理チョコ。あるいは告白の「制度化された口実」。いずれにせよ、主語は「他者」でありチョコは「気遣い」の道具。
しかし、今のバレンタインはエンジンがまるで違う。自分へのご褒美。スイーツを極める趣味。有名パティシエをアイドル視する「推し活」。アムール・デュ・ショコラでは人気シェフが店頭に立ち、来場者と写真撮影をする光景が日常になっている。もはやこれは「推しのライブに行く」感覚に近い。つまり、バレンタインを駆動する力が「他者への義務」から「自分の欲望」にスイッチした。
他人のための3万円は出せない。でも自分のためなら出せる
この転換は金額に如実に表れている。
義理チョコの相場はせいぜい500〜1,000円。10人に配っても1万円以下。一方、自分のためのショコラに3万円以上を投じる層が上位に来ている。1個500円のチョコを20個配るより1粒1,000円のボンボンショコラを自分のために30個選ぶ方が、現代のバレンタインとしては「正しい」使い方になっている。
これは消費行動としても合理的。自分への投資は満足度が100%コントロールできる。「不確実な他者」に賭けるより、「確実な自分」に投じる。この構造変化はバレンタインに限らず、日本の消費全体を貫くトレンドでもある。
「行動習慣」だけが残り、中身が入れ替わる
面白いのは、意味がここまで変わっても「2月にチョコを買う」という行動習慣そのものは維持されていること。
季節イベントやキャンペーンが「古くなった」と感じたとき、イベント自体を廃止するのではなく、行動習慣は維持したまま「意味」を入れ替える選択肢があるということかも。ハロウィンが「子供のお祭り」から「大人の仮装パーティ」に変容したように、器は同じでも中身はいくらでも更新可能だ。
前週のマーケティングジャーニー!
実は私、Podcastもやってます!元テレビ朝日アナウンサー、現令和トラベル役員の大木優紀さんと2人でマーケティングトレンドや旅について(ほぼ)毎週30分~40分のコンテンツをお届け。
最新回では「ギフトを活用した顧客獲得」についてトーク。直接売るよりも、誰かを経由した方が売りやすくなる場合がある。人から手渡しさせることでの市場立ち上げや、ロイヤリティ形成について解説してます。
-
Spotifyをご利用の方:https://x.gd/spotify_nambo
-
Apple Podcastをご利用の方:https://x.gd/apple_nambo
-
AmazonMusicをご利用の方:https://x.gd/amazon_nambo
源泉かけ流し!今週のマーケティング関連トピックス(今週は8個ご紹介!)
「THE ANSWER PROGRAM(ジアンサープログラム)」始動
花王が遂にサブスク進出
45日周期で5,940円と高額商品。
大ヒットヘアケアブランド「THE ANSWER」を活用。
LINEで診断し8種類のアイテムからその人に合わせ提供。
このブランドは花王の独自研究が強い価値。
そこにパーソナライズを掛け合わせ、納得できる選択をつくる「意思決定の代行」デザイン。
「ヘルシア」復権にキリンの勝算 5番手に落ちたトクホ先駆者の逆転戦略
一世を風靡しながら現在は業界5番手のヘルシア緑茶のリブランディング
花王→キリンに譲渡され再スタート。果たして成功するか?
・一般的500mlへサイズ変更
・特徴的な苦みを抑える
・脂肪だけじゃない健康訴求へ
飲用頻度を上げるための全体的なマイルド化。
エッジは落とす戦略はうまくいくか?
「43.2歳からおばさん」が調査で判明 激変する令和の「おば」像
「40-50代女性と聞いて思い浮かべるイメージ」の変化。
過去と現在を比較すると、真逆のイメージ変化が起きている。
10年以上前は固定化された「専業主婦おばさん」
いまは見た目が若い・活動的・自立など。
いつのまにか圧倒的に自由で美しい存在へと大転換。
ニコニコ パクパク 食べちゃう レンチン♪幼児食「ニコパク」
ニッスイの幼児食冷凍食品「ニコパク」。
毎年2桁成長で売れるヒット商品。
ヒットの秘訣は味…ではなく「楽しさ」。
例えばカレードリアの中には星形のかまぼこが隠れている。子供が集中して食べるように、食事に宝探しをプラス。
子どもが集中して食べるなら親も楽。親子ともに嬉しい商品。
自宅マンションで「55万円」のフルコース!? 東急不動産×貝印、異色タッグのワケ
マンションも体験強化で選ばれる時代に?
東急不動産の分譲マンションで、年間55万円で月1回、共用部分のダイニングでフルコースを提供するプラン。
シェフはメディアにも出演するレベルの一流シェフ。
従来型の内装や共用施設での差別化ではなく、そのマンションが持つ独自の体験で訴求する。
発売1年で売上高1億円の「おかんパン」社員の意外な声が開発起点
あたらしい大阪土産「おかんパン」
昔ながらのミルクパンに、おかんの焼き印、そして大阪のおばはんぽい語録がパッケージに書かれている。
・大阪では自社店舗のみで売る
・もともとある商品の見せ方を変えて販売
この2つの取り決めのおかげで、店舗への来店が増え、自社への自信につながるサイクル
無人卓球場「PingPod」が米国Z世代に人気、CTOはゴールドマン・サックスOB
アメリカのZ世代に人気な「無人卓球場」
N.Yには11拠点もある。
運営するのは元UBSアナリストとゴールドマンサックス出身者のCTO。
24時間年中無休のほぼ無人。
超高額の家賃を極限までコストを抑えて運営。
静かに卓球をしながら、ゆっくりと話せる「都市の居場所」としてZ世代に人気。
「Amazon Go」はなぜ終わるのか。日本も他人事ではない無人店舗技術の最新トレンド
Amazonの無人実店舗「Amazon Go」が全て閉鎖。 これは敗北・失敗というよりも、参加のWhole Foodsへの技術実装を本格化するということ。 実証実験が終わり、最強小売・ウォルマートとの戦いが始まろうとしている。 無人店舗Amazon GoやスーパーのAmazon freshは私も利用したことがあるが、特に無人店舗の技術はなかなか新鮮な体験だった。 カメラと重量センサーで「誰が何を取ったか」を把握し、レジを通さず決済が可能。 一方で、Amazon freshのメインインフラはスマートカート。カートで商品を読んで会計が不要。 このどちらもAmazonはトーンダウン。直近ではRFIDタグを貼付した商品を無線アンテナが配置された専用ゲートで自動会計する「Just Walk Out」のシステムに集中が開始。 インフラコストのかかるカメラやカートではなく、RFIDさえあれば簡単に会計ができる小売体験。そしてこれは展開しやすいため、外販も見えてくる。 AWSの成功モデルのように、小売りのインフラを握る挑戦は成功するか。
海外現地調査レポート:ロンドン|ABBA Voyage——「本人がいないライブ」が、なぜ最高のライブ体験になるのか
先日、ロンドンで念願のABBA Voyageを体験してきた。
正直に言うと、行く前は「過去の栄光を技術で再現する」類のコンテンツかと思っていた。レジェンドバンドの思い出を消費するノスタルジックな体験。僕はABBAの強いファンとかではないので、本当に楽しめるか・・・なんて思っていたんですが実際に体験してみて非常にポジティブな驚きがあった。これは「再現」じゃなくて「ライブの再発明」なのだと。
「不在」を欠点にしなかった設計思想
ABBA Voyageは、ロンドン東部のQueen Elizabeth Olympic Parkにある約3,000人キャパの専用会場「ABBA Arena」で上演されている常設型コンサート。40年前に引退したABBAの4人が1970年代の姿をしたデジタル版「ABBAtars」として、生バンド・照明・舞台効果と完全同期しながらパフォーマンスする。上演時間は約100分、休憩なし。まず前提として技術がすごい。本当に世界最先端。目の前に出てくるABBAメンバー4人は、本当にそこにいるようにしか見えない。
ILM(ルーカスフィルムの視覚効果スタジオ)が中核を担い、約160台のカメラで本人たちのモーションキャプチャを収録。動きだけでなく仕草や感情の微細な揺れまで取り込んでいる。再現映像にありがちな「不気味の谷」感は全然ない。
表示は「ホログラム」ではなく、65百万ピクセル級の超高精細LEDスクリーン。制作側はホログラムと呼ばれるのを明確に嫌がっていて、実際にはスクリーンの精細さだけでなく、照明・レーザー・スモークといった物理的な舞台効果をを提供することでライブとしての真実性を加速させている。「人を再現する」だとホログラム的なものを想像するが、映像を立体に見せるというよりも舞台全体でライブとしての完成度を高める方向性。
「1979年」を選んだ理由
面白いのは、ABBAtarsの見た目。デビュー期の「Waterloo」(1974年)のような最も若い頃ではなく、1979年前後が基準年として選ばれている。Björn本人が「1979年の自分たちの頭部を作っている。女性陣がその年を選んだ」と語っていて、つまり「一番若い時」ではなく「スター性のバランスが最もしっくり来る年」を選んでいる。
実際に見ると、確かに全盛期ど真ん中というより少し壮年寄りの温度感がある。無理に20代前半に戻すより、信じられる範囲で戻すほうがコンサート体験として成立するということか。そのバランス感覚もスゴイです。
さらに衣装も。70年代の服をそのまま再現するのではなく「もしABBAが年を取らずに"今"ツアーをやるなら何を着るか」という発想で作られている。なので今風の衣装、未来的な衣装なんかも登場する。これが回顧コンテンツにならなかった大きな理由のひとつだと思う。
「本人がいない」ゆえの自由さ
曲の間にMCがある。ABBAtarsが40年の歴史を超えていま改めてライブをしている面白さについて、ジョークを交えながら軽妙に話す。その姿すらもリアル。最後のDancing Queenでは会場中が総立ちで踊る。僕も思わず立ち上がってしまった。
先述の通り僕はABBAのファンではない(とはいえほぼ全ての曲を知っていたのがABBAのレジェンドたる所以だよね)。レジェンドだという認識はあるものの思い入れはない。でも単に技術がすごいだけでなく、ライブとして楽しめた。これがまさに「回顧ではなく良いライブだった」ことの証明でしょう。
そしてこの体験には「本人がいない」ゆえの意外な自由さがあった。トイレに行きたくなったら躊躇なく行ける。途中で飲み物を買いに行くのも気軽だ。リアルなアーティストのライブだと「いま行ったら大事な曲を見逃すかも」「せっかくのライブなのに」という心理的プレッシャーがある。デジタル版だからこそ、ある意味少し楽に自由に楽しめる。これって意外と大きい。無人運転のタクシーの気楽さに通じるものがある。
会場のモジュール感
ABBA Arenaはショーのために建てられた専用施設で、客席からの視線・座席の高さ・ステージとの距離などを数学的に詰めて、「どこで見ても成立する没入」を先に設計し、建築がそれに従っている。しかもこの建物は完全に解体・移設できる仮設構造。ハイブリッドな鉄骨+木質構造で、ショーが終わればコンテナに詰めて別の都市へ運べるように設計されているらしい。
つまりABBA Voyageは「ロンドンで固定上演するコンサート」であると同時に、理屈の上では「ショーごと別都市へ輸送できるプロダクト」でもある。これはライブエンターテイメントの供給の仕方として非常に新しい。
チケット設計も巧い。座席だけでなくダンスフロア(スタンディング)やダンスブース(専用の踊り場付き)を用意し、「静かに見る人」と「踊って参加する人」を分けて最適化。
ライブエンタメの「供給革命」
3周年で新曲が追加されたように、固定の展示ではなく運用で鮮度を維持する設計にもなっている。次に行くと別の曲が入っているかもしれない。「同じショーなのに更新される」という、ゲームのアップデートに近い思想が常設エンタメに持ち込まれている。
これが当たり前になれば、アーティストの「良い状態」を保存しておくことで、肉体的な制約があっても「新しいライブ」を創り出せる。本人不在で広く公演でき、時間的・地理的制約も解消される。ライブエンタメへの入り口の敷居が下がれば、逆に本人のリアルなライブの価値も上がる。この思想は相当拡張性があるんじゃないかとワクワクしました。
テクノロジーとライブエンタメの幸福な関係。ABBA Voyageはまさにそれを体現していた。ロンドンに行く機会がある方はぜひ。
明日から効く!マーケティング/ブランディング関連書籍レビュー
『イン・ザ・メガチャーチ』朝井リョウ
このニュースレターではK-POPやアイドルの話題にも頻繁に触れているし、「推し活」がもたらすファンダム経済の面白さについても何度も書いてきた。だからこそ言うが、この小説は読後しばらく推し活をするのが少し怖くなってしまうかも。
3人の主人公がいる。アイドルグループの運営に参画するバツイチの中年男性・内向的で繊細な女子大生・人気舞台俳優を推している派遣社員の女性。「仕掛ける側」「のめり込む側」「のめり込んだその先にいる側」。3つの視点が交錯しながら、推し活とカルト宗教の境界線がいかに曖昧かを朝井リョウ特有の着眼点と圧倒的な解像度で描き出す。
この本は最早ホラー的な様相ではあるのだが、ブランディングやマーケティングにも通じるものがある。ブランドストーリー・世界観の構築・ファンコミュニティの醸成。マーケティングの活動を宗教的語彙に置き換えたら何が起きるか。教義・礼拝・布教。構造は近い。
朝井リョウ自身はハロプロオタを公言しており、だからこその解像度なんだろう。推し活を外側から冷笑しているわけではない。むしろ内側から書いている。だからこそ怖い。「推すこと」の楽しさと怖さを知り尽くした人間が、その構造がカルトのメカニズムと同じであることを暴く本でもある。
ただ孤独で不安な普通の人間が、「何かに熱中していたい」「自分を使い切る対象がほしい」というごく自然な欲求に導かれて、気がつけば視野が狭窄し、蛸壺の中で先鋭化していく。その過程が読者である自分自身の日常と重なって見えてしまう痛々しさ。酒でもSNSでも恋愛でも育児でも仕事でも、何かに熱量を注ぎ続けていないと不安になる。それが現代人の宿痾だとしたら、我々は全員信徒候補なのかも。
推し活を楽しんでいる人にこそ読んでほしい。そして読んだあと、素面のまま推しに戻れるかどうか自分で確かめてほしい。
偏愛!なんでもインプットコラム
「メロい」とは何か?——お笑いファン1万人が投票したメロい芸人ランキング2026から、感情の正体を考えてみた
ニューヨークのYoutubeチャンネル、発端の動画
10899人が投票!お笑いファンが選んだ本当にメロい芸人ランキングTOP100
上記の結果を受けた芸人レインボーの考察も合わせてみると面白い。
【虹色の金曜日】池田、メロい芸人ランキングに大激怒!!お笑いファン1万人に超絶物申す!!【2026年2月13日】
最近、「メロい」という言葉をよく目にする。
「メロメロになるほど魅力的で・かっこいい・もしくはかわいい」。主にSNS発で女性目線で使われることが多いことば。三省堂の辞書によれば「見ているほうが夢中になって、だらしなくなるほど圧倒的な魅力のあるようす」。見てみるとスゴイ定義。
この「メロい」をフィーチャーしたランキングが話題に。お笑いコンビ・ニューヨーク。昨年から自身のYouTubeチャンネルで「メロい芸人」を追いかけ続けていて、先週約1万1,000人が投票した「本当にメロい芸人ランキングTOP100」を発表。これが超話題に。
ランキングはTOP100まで公開されていてTOP10はこうだ。1位エバース佐々木、2位こたけ正義感、3位ドンデコルテ渡辺銀次、4位ロングコートダディ堂前、5位さや香新山。
まず気づくのは、このランキングに「イケメン」とされている芸人がかなり少ないこと。もちろん上位の面々はみんなカッコいいが、正統派イケメンとは明らかに違うラインにいる。つまり「メロい」は「付き合いたい」でも「カッコいい」でもない。もっと複合的な感情なんじゃないかなと。
メインドライバーは「カワイイ」「放っておけない」。そこにギャップとしての「カッコよさ」が加わり、それが一定のベースライン(見た目・清潔感・人柄)を超えたとき「メロい」と判定されると考えている。そしてその感情は「私だけが分かっているこの人のカワイさ」という母性の変格みたいなものとして出力されている。
直球イケメンがランクインしにくいのは、カッコいいだけでは「放っておけない」「守ってあげたい」にはならないから。そもそも直球イケメンは「みんなが分かるカッコよさ」であって、「私だけが気づいた魅力」にはなりにくい。
なぜ漫才師ばかりなのか
もうひとつ面白いのはこのランキングがほぼ漫才師で占められていること。
コント師が少ない。ランクインしているのはバナナマン設楽・蓮見・レインボーぐらい。しかも設楽さんと蓮見はコントというより「コント以外の露出」で見られている人だと考えると、純粋にコントの文脈でランクインしているのはレインボーぐらいしかいない。
なぜ漫才師が強いのか。僕は2つの理由があると思っている。
ひとつは「スーツ」。実際、上位をよく見るとほとんどがスーツ姿で舞台に立っている人たちだ。スーツは「公」の記号であり、ちゃんとしている感じ・司令塔として漫才を引っ張っている感じを視覚的に担保する。つまりスーツは「メロい」のベースラインを構成する装置として機能している。
もうひとつは「ニン(人)が出る」こと。コントは役を演じるが、漫才は基本的に「その人自身」として板の上に立つ。つまり、スーツを着て板付きで立っている「公」の姿と、その人の素の人間性が同時に見える。この「公」と「私」の二重構造がギャップの原資なんじゃないかな。
M-1が「メロい」の加速装置になっている
そしてこの構造を爆発的に加速させるのがM-1グランプリだ。このランキングはM-1の活躍者が非常に多い。
単によく見られているからというだけではないのでは、、、M-1というドラマには裏側のドキュメンタリーが常にセットで供給される。敗者復活の涙・楽屋での素顔・打ち上げでの崩れた笑顔・師匠や家族とのエピソード。つまりM-1は、「公」の舞台では見えない「私」の素材を大量に生産する装置となっている。公式ドキュメンタリーや様々な番組でそれが大量に供給される。
結果として、M-1に出た漫才師は「公」と「私」のギャップが加速する。スーツで舞台に立ち、司令塔として漫才を引っ張るカッコいい姿(公)と、バックステージで見せる抜けたエピソードや頑張っている姿(私)。この二重性が「メロい」を決定づけるんだろう。
「メロい」の構造を整理してみる
まとめると、「メロい」が成立するには以下の条件が必要だと思う。
まず、「公」としてのカッコいいスタイルが存在していること。スーツが望ましく、清潔感があり、ちゃんとしている感じがあること。ここが土台。
次に、その「公」の裏側に、人間性(らしきもの)が見えること。実際は漫才中のキャラクターも相当作り込まれているはずだが、「人間性に見える」ことが重要。
この「公」が明確にあることで、「私」の中でのあらゆるエピソード。抜けている話・残念な話・頑張っている話…がすべてギャップとして消化される。そしてそれがナラティブとして受け止められ、「私だけが分かっているこの人の複雑な側面」が魅力に転化し、いとおしさにつながる。
直球イケメンの場合は、そもそも「公」と「私」の落差がない。みんなが知っているカッコよさでは「私だけが分かっていること」にはならない。メロいには、文脈の「発見感」が不可欠ってことなんだと思う。
「メロい」は推し活の感情文法そのもの
こうして見ると、「メロい」は新しいようで実は推し活の感情文法そのもの。芸人は推し活の対象となっていることからもわかる。
推しの魅力は「みんなが分かる表面的なカッコよさ」ではなく、「私だけが気づいた裏側の魅力」によってドライブする。だから推し活は「教えたいけど教えたくない」という矛盾した感情を伴う。メロいもまったく同じ構造。「かっこいい」と「かわいい」の間にある、名前のなかった感情に、ようやく名前がついた、ということなのかも。
今週の1曲
milet 「Anytime Anywhere」
先週miletの武道館ライブに行ってきました。そのライブで最も感動した、というか泣けてきたのがこの曲。『葬送のフリーレン』のエンディングテーマでもあり、かなり作品に寄せている内容にもなっています。
実はmiletさんは2025年は長期の休養に入っており、この武道館ライブは復帰初の大きなライブでもある。もともと朴訥としたお人柄で知られているけれど、おそらく苦しかったであろう休養のことと、この誰かの死を想うこの曲が少しオーバーラップしているように思えて、アコースティックの演出でしっとりと歌い上げたこの曲は神々しいような雰囲気すらありました。
「Anytime Anywhere」=いつでもどこでもなわけですが、休養中でも状況が変わっても、人を思うという気持ちがストレートに伝わる素敵なパフォーマンスだったなと。身体に気を付けて頑張っていただきたいです。
最後に!
仕事のご相談はこちら!
Xでもほぼ毎日発信してます!
毎週木曜日更新のPodcastはこちら!
-
Spotifyをご利用の方:https://x.gd/spotify_nambo
-
Apple Podcastをご利用の方:https://x.gd/apple_nambo
-
AmazonMusicをご利用の方:https://x.gd/amazon_nambo
すでに登録済みの方は こちら