マーケティングファネルは死んだのか?&コンテンツグローバル時代における立ち回り方 26年3月第1号

今週は8個のニュース、書籍1本、台北のリノベ文化施設をご紹介。今週は13,848字でお届け。
南坊泰司 2026.03.03
誰でも

忙しいあなたのためのマーケティング情報サプリメント。週に一度、厳選されたトレンドと洞察をまとめていきます。これを読めば「主要なトレンドをキャッチできる」、そういった想いで届けてまいります。まずはご登録をお願いいたします。

マーケティングトレンドインプット 今週のクイック解説3選

マーケティングファネルは死んだのか?——変わったことと、変わっていないこと

「マーケティングファネルが機能しなくなってきている」という記事が話題になった。
認知→興味→比較→検討→購入という直線モデルが、SNSや動画の普及で実態と合わなくなっている、という議論。ただ「ファネルが機能しなくなった」という実態には変わったことと、変わっていないこと、そして顧客の動きと運用上の課題が存在している。こちらを分けて考えてみたい。

人はもともとファネル通りに動いていない

まず押さえたいのは、生活者は最近に限らずファネルの順番通りにわかりやすく動いてはいない、ということ。
友人の一言で比較をすっ飛ばすこともあれば、十分に認知していても興味を持たないこともある。認知・比較・検討という要素は確かに存在するが、決まった順番で起きるわけではない。ファネルは「顧客行動の記述モデル」のように受け取られているが、実際企業側が施策を整理するためのわかりやすい管理フレームとして機能していたのだ。顧客との接触点が限られていた時代であれば、それでもギャップは起きにくかった。

変わったのはミドルファネルにあたる部分

では何が変わったのか。情報環境・顧客接点の変化で、「比較・検討」や「興味」と言われているフェーズに大きな変化が生まれている。
検索すれば無限にレビューが出てくる。検索行動を捉え、文字でも動画でも画像でも様々な情報が投下される。どれもそれなりに良さそうに見える。その中で自力で比較して納得のいく答えを出す作業はもはや苦痛に近い。そもそもWEB検索などは強力にアフィリエイトやSEOでハックされており、求める情報が適切に供与されるとは限らない。そうした中でAIによる検索も存在感を増してきている。

その中でステップを正確に踏んで購入までのプロセスをたどっていくことは困難になっている。「TikTok売れ」が起きるのは、そんな消費者に対して、15秒で理解が凝縮される以上に、比較検討というプロセスを圧縮できる点が大きい。(なおこうした現象額はGoogleが数年前に「パルス消費」などで触れていたように、決してこの1・2年の話ではない)
ファネルの要素のうち、自分で調べ、比べ、選ぶプロセスが情報過多、接点過多の環境でカオスになっているということ。

ファネルを捨てなくていい理由

ではマーケティングファネルは使えないのか。私はそうではないと考える。そもそも様々な「ファネル改良」したモデルがマーケティング専門家や広告代理店などから登場しているが、あまり定着していないのが実情。「実態を正しく示す」のとマーケティング活動における管理・整理の手法が必ずしもイコールである必要はない、と考えている。

どれだけプロセスが圧縮されても、お客さんの中に気持ちの流れが起きなければ購買は発生しない。知る、気になる、納得する、決める。この要素自体は消えていない。順番がスムーズでないだけ。つまり人のインサイト整理には活用できる。

加えて施策管理としてもシンプルで活用しやすい。ファネルは「顧客がこの順に動く設計図」ではなく「必要な要素が揃っているかのチェックリスト」として使えばいいだけの話。固執するのでも捨てるのでもなく、何のために使うかを明確にすること。

ブランドか、UXか

ところでミドルファネルにあたる部分がカオスな世界でどう戦うのがよいのだろうか。方向性はおおきく二つに分かれていくと考えている。

一つは、比較検討を不要にするブランドの形成。「あそこなら間違いない」という空気があれば、人は比較しない。比較疲れの時代、ブランドとは「考えなくていい理由」を提供すること。もちろんこれはブランディングの効果として昔から存在する「指名買い」の法則である。
もう一つは、接点から購入まで一気通貫でデザインするUX設計。発見した瞬間に買える、気になった瞬間に試せる。接触から購入までの距離自体を圧縮するアプローチ。TikTokやInstagramのショップ機能や、LINEとのCRM連携、アプリ体験、あるいはOMOなどはこちらに属している。
ブランドで「考えなくていい」をつくるか、UXで「考えると同時に完了する」をつくるか。

社名変更ブーム——「変えることで得るもの」より「変えることで失うもの」を考えているか

企業の社名変更が増えている。2025年に社名変更した上場企業は74社で過去最多。マルハニチロが「ウミオス」に、ゲオHDが「セカンドリテイリング」に、串カツ田中HDが「ユニシアホールディングス」に。2026年も続々と変わる。

背景にあるのは事業環境の変化。国内人口の頭打ち、海外展開の加速、コロナ後のデジタルシフト、AI。祖業だけでは生き残れない中で、祖業のイメージを脱却し、新しい成長領域を生み出すための「宣言」として社名変更が使われるようになっている(ゲオのように実際に成長領域が育ってから変わる場合の方が少ない)。かつて社名変更の主流だった持ち株会社化に伴う「〇〇ホールディングス」への移行とはまた目的が異なる。

「変える効果」は語られるが「失うもの」は計算に入っていないかも?

社名変更の議論では、得られるものの話ばかりが前に出る。新しい方向性の宣言、グローバル展開への覚悟やアジャスト、従業員の意識変革、投資家の関心喚起。どれも効果としては期待できる。パナソニック(旧松下電器産業)やDIC(旧大日本インキ化学工業)のように、変更が定着して成功と言える事例ももちろん多くある。

ただその変えることによる期待効果に期待が寄っていて「変えることで失うものをどこまで計算に入れているのか」に関して言及されることは少ない…かもしれない。私もブランディングを支援する企業として取り組むことがあるが、経営陣よりこの「失うもの」に関して言及されることは少ない。また、支援会社自体もそこに言及せずに帰ることを積極推進する場合もある(言わずもがな、リブランディングをサービスメニューに入れているとしたら、リブランディングしたほうが利益になるのでバイアスが生まれるからである)

ブランドとは名前やロゴだけではない。名前やロゴ、それらと紐づく記憶構造と想起経路でもある。消費者がその名前を聞いたときに何を思い浮かべるか、どういう文脈で想起するか、どんな感情が結びついているか。これは長期間で醸成されるアセットであり、名前を変えた瞬間にリセットされる可能性がある。

新しい社名で同じ記憶構造を作り直すには、膨大な時間とコストがかかる。松下電器がパナソニックに変わったとき300〜400億円かかったとされるが、あれはロゴの刷新やシステム改修の費用であって、「パナソニックという名前に松下電器と同等の想起を再構築する」コストは含まれていない。実際にはそちらの方がはるかに大きい。

抽象的な名前が定着しない構造的理由

気になるのは、跡形もない抽象名への変更。元記事にも出てくるミレアホールディングス(旧東京海上)の事例が象徴的で、結局6年間で元に戻している。海外で「Millea」がミリーと誤読され、明治時代から浸透していた「Tokyo Marine」との不一致が問題になった。もちろん国内でもちゃんと認識されない問題はあっただろう。

コンコルディア・フィナンシャルグループも同様。横浜銀行と東日本銀行の統合で生まれた名前だが、さらなる統合の動きが続かず、2025年に横浜フィナンシャルグループに戻した。

抽象名がなぜ定着しにくいかは構造的に説明できる。人間の記憶は既存の知識に新しい情報を接続することで定着する。まったく新しい造語には接続先がない。こうなると浸透は困難になる。

「CM流しとけば大丈夫でしょ」では機能しない

ここが一番伝えたいところなのだが、社名変更の意思決定をする経営層に「新社名のCMを大量に流せば認知は取れる」という理解の人がいるなら、それは広告の機能を誤解している。

広告は「知らない名前を知ってもらう」ことはできる。でも「その名前に意味と記憶を紐づける」には、もっと長い時間ともっと多層的な接触が必要。テレビCMで「〇〇は✕✕に生まれ変わりました」と流しても、それは告知であってブランド構築ではない。旧社名に蓄積されていた想起経路を新社名に移植する作業は、広告だけでは完了しない。

IR的な側面でも同じことが言える。投資家が企業を想起するとき、社名は重要な入口だ。本業と離れすぎた名前、元社名と接続できない名前は、銘柄としての認知コストを上げる。社名変更直後に株式の取引量が増えるのは「関心」であって「理解」ではない。ITバブル期に「.com」をつけて株価が上がった企業のその後を見れば分かるはなし。

定着する社名変更に共通するもの

成功例から逆算すると、定着する社名変更にはいくつかの共通点がある。

まず、すでに持っている資産を活用していること。パナソニック、DIC、タビオ、東京海上。いずれも「外で先に使われていた名前」に社名を寄せている。ゲオHDの「セカンドリテイリング」も第二の柱として立ち上がったセカンドストリートという既存ブランドに寄せる変更でこれは筋が通っている。

変えることで得られるものが、失うものを本当に上回るのかどうかを慎重に受け止めて検討すべきだろう。

「隠す」がマーケティングになる——オーストリア観光局のNDAキャンペーンが示すもの

SNSで「隠れた名所」が一瞬で「隠れ」なくなる。人が押し寄せる。今や世界中どこでも起きている現象である。

誰かの投稿がバズる→ジオタグが付く→アルゴリズムが増幅して広がる数週間後にはその場所が人が殺到する。一人ひとりの何気ない発信が、結果としてその場所のあり方そのものを変えてしまうような打撃を与えている。そして往々にしてキャパシティを上回る人が押し寄せるとその場所には様々な不都合が生じたり、問題が起きたり、荒れたりして「消費」された先につぶれてしまったりもする。

この問題はもう「一部の人気スポットの話」では済まない規模になっている。

2024年の夏、バルセロナでは数千人の住民がデモに繰り出し観光客に水鉄砲を向ける事件が起きた。スペインは超観光大国。2024年に9,400万人の外国人観光客が来ているが、人口は4,800万人。なんと人口の2倍近くが来訪している。住民の生活圏が観光に侵食されており、オーバーツーリズムもひどい。
イタリアのベネチアでは2024年から日帰り客にも入場料を課している。ローマのトレビの泉は近づくこと自体にお金が掛かるようになった(結果的に混雑は圧倒的に解消された)

日本でも京都のオーバーツーリズムは深刻だし、世界中で「観光客を歓迎しつつ、場所を守る」というジレンマが生まれている。

NDAを使った逆転の発想

オーストリア観光局が2026年1月に打ち出したキャンペーンがそんな状況下でとても面白い。

名前は「NON-DISCLOSURE AUSTRIA」。旅行者に冬のガチで地元民しか知らないような「インサイダー」な情報を提供する代わりに、秘密保持契約(NDA)への署名を求めるというもの。通常NDAといえばビジネスの機密情報を守るための法的文書だが、ここで守るのはオーストリアの「内緒にしておきたい場所」の情報。

特設サイトでNDAにデジタルで署名すると、120件以上のとっておき情報にアクセスできる。地元のオーストリア人が選んだ穴場のスキールート、人の少ない山小屋、知られていないウェルネス施設、静かな雪景色が見られる場所。その代わり、SNSでの投稿や、旅の自慢話を控えることを「約束」する。

NDAといいつつも、法的拘束力を一切持たないように設定されている。違反しても法的措置はないので、あくまで秘密保持の「約束」に過ぎない。観光局自身が「友人同士の約束みたいなものだと思ってほしい」と言っている。とはいえ、署名をするという行動は観光客の心理的なストッパーとしては十分に作用するはず。

キャンペーンの説明youtubeでは、地元のオーストリア人がおすすめスポットを紹介する一方で、肝心の場所名はピー音で消され、映像はモザイクを掛けられて何も見えない。意図的に「見せない」観光キャンペーンという逆説。隠されたら見たくなるのが人の心理なわけで…。

「隠す」ことが価値を生む構造

このキャンペーンは冒頭に述べたオーバーツーリズム対策と話題化を同時に狙っているのが特徴。

観光キャンペーンは「見せて、来てもらう」が普通で「そうだ、京都へ行こう」のように美しい写真、魅力的な動画、あるいは近年ではインフルエンサーのタグ付き投稿なども展開される。でもその設計自体がオーバーツーリズムの原因になっているのも事実。実際にオーストリア観光局は情報を与えていない。でも「オーストリアに行きたい」と思わせている。なかなか秀逸な設計だなあと。(といっても何度も使える手ではないけれど)
人間は「秘密」や「限定」に弱い。アクセスするために一手間(NDA署名)を要求されると、その情報の主観的な価値が上がる。

さらに、NDAに署名するという行為自体が「この場所を守る側に立つ」というコミットになる。ある種の共犯者的な感じ。秘密を守る仲間になるわけ。法的拘束力がなくても、一貫性の原理が行動を縛る儀式的な役割になっている。

***

前週のマーケティングジャーニー!

実は私、Podcastもやってます!元テレビ朝日アナウンサー、現令和トラベル役員の大木優紀さんと2人でマーケティングトレンドや旅について(ほぼ)毎週30分~40分のコンテンツをお届け。

最新回では「満足度 = 実感値(体験) − 期待値(事前イメージ)」という満足度の方程式について考えます。事前の期待値が高すぎて実感値を上回りすぎてもリピートは取れないどころか悪評が広がることも。実感値と相談しながら適切に期待値をコントロールすることがLTVを高める秘訣?というエピソード。

***

源泉かけ流し!今週のマーケティング関連トピックス(今週は8個ご紹介!)

資生堂「3万円の美の検診」に予約殺到 若者にササった“マニアック13測定”の中身

大きく告知していない、しかも1回3万円の高額の資生堂提供「美の総合診断」が数千人待ちの大人気。
強く告知していないのにこの人気ぶり。
資生堂の研究データを結集し、肌質だけでなく歩き方や自律神経までを総合的に調査する。
「自分自身を正確に知ること」へのニーズが普遍的に高いんだね。

コーチ“本を読める”「ブック バッグ チャーム」恩田陸や宮下奈都の書籍がバッグチャームに

COACHの新商品、“ブックチャーム”。
これ、バッグ等につけるチャームなのに本当に全部読めるらしい。どゆこと?!
恩田陸や宮下奈都の作品が登場。
海外でブッククラブの人気があるように「読書」自体がステータスに。
なので「本をチャームにする」のもファッションになる。という面白い着眼点。

LINEヤフー、音声入力利用者は約3割 スマホ調査結果発表

全世代的に音声入力、増えてそう。
LINEリサーチでの調査によると、スマートフォンで音声入力をする人は全体の3割。基本的に年齢が上がるほどその数値は高まる。
面白いのは用途が年代によって異なること。
・若い世代は文字起こし、AIへの指示
・高年齢だと地図やニュース・天気予報検索

チャームコスメで短期店に大量集客 顧客が夢中になるAnuaの超速マーケ

めちゃくちゃ売れてる韓国のコスメブランドAnuaの一石三鳥施策は「コスメ用チャーム」
一定金額を買えばカプセルトイでコスメ用チャームが当たりデコれる。
気に入った見た目になれば、おのずと使用頻度も上がり、愛着も持ってもらえる。
もちろんSNSシェアやクチコミも作りやすいよね。

時をこえて、服と出会う。ビームス公式リセールサービス

満を持して登場したBEAMSの公式リセールサービスが面白い。
サービス名はビームス ディグロー
名前通り、単純なリセールサイトではなく、コラムがあったり、年代別で検索できるなど探す楽しみを最大化する設計。
リセールと言えばサステナブルがコンセプトになりやすいが、明確に回避。

数分で完売!マクドナルドが仕掛けた「ナゲット × キャビア」のバレンタイン限定商品

アメリカ本国マクドナルドのバレンタインキャンペーンがバグってる。
なんとナゲット×キャビアが体験できる限定キットを無料配布。
もちろんリリース即完売。
ファストフード×高級食材の高低差はそれ自体が話題を生む。そりゃみんな試してみたいよね。
実はこれ、ミームを公式化した事例でもある。

反アルゴリズム美学が静かに注目を集めている

アンチ・アルゴリズムのファッションとして、
刺繡や編み物、手縫いなどの「手作業」としてのデザインが注目を集めている。
デジタルで、大量にスナックコンテンツを摂取できる時代。
だからこそ、時間をかけた「人の技」の価値がデザインとしても高まっている。明示的に人の手が加わる価値。

ビール類の税率一本化見据え火花 アサヒは新商品「ゴールド」 サッポロは「ヱビス」で

長らく酒税が三段階あったビール、ことし10月に酒税が一本化され、ビール各社の商品フォーメーションが変更に。
特に中価格帯は減税となるため戦いが激しくなる市場。アサヒはスーパードライに加え同価格帯に飲み応えのある味設計の新商品を投入。
金麦は本麒麟は逆に“ビール化”してランクアップ。

***

偏愛!なんでもインプットコラム

閉鎖空間の倫理と、コンテンツが勝手にグローバル化する時代のギャップについて

以前このニュースレターで何度かXGを紹介した。J-POPでもなく、K-POPでもない独自のクリエーションを称賛した記憶がある。その思い自体は変わらないが、紹介したからにはこのことに触れざるを得ないだろう。
XGのプロデューサーであるSIMONが薬物使用の疑いで逮捕された。逮捕されただけで有罪が確定したわけではなく、アーティスト自身とプロデューサーの不祥事は本来別の話。でも、一度紹介した人間として触れないまま進めるのは不誠実だと思うので書く。

アイドルビジネスはデビューまでに多額の初期投資が必要で、デビュー後に回収していくモデルだ。XGはまさにこれからが回収フェーズ。NewJeansがプロデューサーと会社を巡る問題でグループ体制が崩れたように、この業界ではプロデューサー一人の行動がビジネス全体を揺るがす。SIMON氏の件が事実であれば、関係者全員にかけたリスクと本人のリターンがまったく釣り合わない。

「めくれる」時代と、閉じた空間のズレ

この件を考えて沈んでいた時期に、週末にかけてもう一つ、似た構造の話が目に入った。

マンガアプリ「マンガワン」で連載していた作家が、過去に性的暴行で有罪判決を受けていた。マンガワン側はそれを知りながらペンネームを変えさせ、別の原作者として連載を継続し、実態を隠していた。発覚後、多くの漫画家が抗議の声を上げ、マンガワンから多くの作品が取り下げられる事態にまで発展している。僕はたまたまこの2作品を買って読んでいて、独特の残酷さを持ちつつ興味深い内容だと感じていたのでかなり衝撃的であった。

昨年のフジテレビの件や相撲部屋の暴行など、近年閉鎖的な空間で常識のアップデートが追いつかないまま、事実が特に報道経由で表に出ていく事例がここ数年で急速に増えている。

加えて、暴露系インフルエンサーによる「めくる」文化も台頭している。もともとは反社会的勢力の用語である認識だが、いまは普通の人も使っている言葉になりつつある。マンガワンの件も被害者側からの情報流出が発端。本来、社会的な告発は入念な裏付けに基づく報道であるべきで、個人SNSを通じた暴露は私刑に近い。あってはならないと思う。ただ現実にはそれが激増していて、調査報道や捜査機関の限界が社会制度そのものにダメージを与えている感がある。

ギャップは「生まれる」のではなく「加速する」

ここからはPR・ブランディングに近い視点で考えたい。

閉鎖空間の倫理観と外部の常識のギャップは昔からあった。出版社はほとんどが非上場で外の目に晒されにくい。音楽やクリエイションの現場には強固な権力の勾配がある(これは一面では必要悪でもある)。スポーツの師弟制度やしごきの文化には、情報の非対称と経済的・精神的な依存が組み込まれている。こうした構造は自発的に変わりにくいし、外部の指摘も届きにくい。

一方で、「外の世界」はどんどんオープンになっている。SNSでつながり、情報は速くなり、グローバルに広がる。生活者の感覚は閉鎖空間よりも圧倒的に早くアップデートされる。10年前と今では皆さんの倫理的な感覚値もまったく違うはずだ。5年後にはまた別のトーンになっている。この「空気の速度」はどんどんと早くなっている。

つまりギャップは「生まれる」のではなく外側の変化速度が上がることでより「加速して拡大する」。閉鎖空間が止まっているのに、外が動き続けるから差が開く一方になる。これが次々と問題が明るみに出る仕組みであろう。

コンテンツは勝手にグローバルへ接続される

ここが厄介なところで、閉鎖空間にいる当事者はギャップに気づきにくい。アイドルが練習だけしていれば、プロデューサーが制作に没頭していれば、出版社が社内の論理で動いていれば、ズレは見えない。

ただ現代のコンテンツは勝手にグローバル化する。XGのように最初から世界を狙っているグループはもちろん、そうでなくても国境を越えていく。マンガワンの件はすでにBBCで報道されている。閉鎖空間での異常な倫理観は、海外メディア・生活者にとって注目されうるニュースである。

結節点は否応なく生まれる。問題はその接続をコントロールできるかどうか。うまく使えばグローバルな認知獲得になるし、使いこなせなければ「(日本の)業界の異常さ」として消費される。XGはまさにグローバル接続を強みにしているグループだからこそ、プロデューサーの不祥事のダメージが国内完結型のグループよりはるかに大きくなり得ることを僕は危惧している。

チューニングの問題

閉鎖空間にいる組織が自発的に変わるのは極めて難しい。倫理観や価値観のアップデートを内部だけで行うのは、構造的にほぼ不可能だと思う。だから現実には「めくれて」外圧で変わるパターンが繰り返される。破壊と再生でしか変われないのか、と歯がゆく感じる。

ブランディングやPRの立場で言えば、これは「炎上対応」の話ではない。炎上してから動いても遅い。小学館も初手の謝罪からスタンスを大きく誤った。必要なのは平時からのチューニング。自分たちの内部の常識が外部とどれだけズレているかを定期的に点検すること。閉鎖空間にいる自覚を持つこと。そしてコンテンツがどこに接続され得るかを想像すること。

この変化に遅れている組織は、現時点ですでに手遅れに近い状態にある。恐ろしい話だが、閉じたまま走り続ければ、接続された瞬間に一気にダメージが来る。

僕自身も揺らぎながら変わり続けるしかない。ただ、こうした破壊的な局面に直面する前に、あるいは直面しそうだと感じた段階で、外部の視点を入れることの価値は強調しておきたい。もちろん私でよければ相談をしてほしい。

***

海外現地調査レポート:台北にリノベ文化施設がたくさんあるナゾ

台北を中心として台湾にいていま盛り上がっているスポットを調べると、古い工場や倉庫が生まれ変わった複合的な文化施設が多くあじぇすとされる。台北の華山1914、松山文創園区、高雄の駁二芸術特区。どこも雰囲気が良く、展示やマーケット、カフェなど複合業種が入っていて、観光客だけでなく地元の人にも人気がある。

これを見て「台湾はリノベがうまいんだな~」なんて感じていたのだけれど、調べてみると、かなり国や自治体の制作として設計されたものなのだ、とわかってきた。

なぜ台湾でこの型が生まれたのか

台湾には、日本統治時代から戦後にかけて酒、タバコなどの専売制度で売る嗜好品の工場や倉庫が各地に残っていた。これらは専売ゆえに国や公営企業の所有だったので、民間に売却されることなく、比較的大きな敷地がまとまった形で残っていた。
1990年代に入り、産業構造の変化でこうした施設が次々と営業を終え、遊休地に変わった。そして同じ時期、台湾では1994年の「社区総体営造(コミュニティづくり)」政策を起点に、地域の文化資源を公共的に活用しようという機運が高まっていたらしい。2001年前後には「閑置空間再利用」、つまり使われなくなった空間を文化的に転用する試みが各地で始まる。

この流れの延長線上に、2002年から始まった文化創意産業政策がある。台湾の文化をつかさどる役所が、もともと国有だった倉庫群を「五大文化創意産業園区」として整備する計画を立て、そのまま実行へ。地域再生だけでなく歴史文化地区の保存、そして文化振興を一石三鳥的に達成する公的なアクションだったのである。

華山1914——下からの運動と上からの制度が接合した場所

五大園区の中で最も知られているのが、台北の華山1914文化創意産業園区である。ここはこうした文化創生地区の中では一番のおすすめ。ぜひ台北に訪れた際は言ってほしい。
センスのいい商業施設やカフェが集まるだけでなく、イベントスペース、ライブハウス、映画館などあらゆる業態が集まっている、半日いても楽しいスポットである。

華山の出発点は、現場の芸術運動だった。1997年、芸術家たちが廃墟になっていた倉庫を表現の場として使い始め、1999年には特区として展示や公演が行われるようになる。この動きが注目を集め、事後的に2002年に五大園区政策へ組み込まれた。つまり最初から組み込まれていたというよりは、盛り上がっていた地域が振興策に入り込んだ格好。

台湾政府は華山を「国際文化コンテンツの窓口」と位置づけており、映画、展示、マーケット、教育など多機能な拠点として運営する方針。

なお、残りの四園区はそれぞれ異なる役割を担っている。台中は文化資産の保存拠点、花蓮は地域文化と観光の接続、嘉義はデジタル技術を活用した育成基地、台南は創意生活産業の拠点とそれぞれ別の役割を持っている。同じ制度から生まれたが、一つの型を複製するのではなく、都市ごとに機能を分けている点はめちゃくちゃ面白い。こうした動きは日本も見習ってもいいのでは。

松山文創園区——台北市が独自に動いた別系統

華山と並んで台北の文化スポットとして知られる松山文創園区(誠品生活などが入っている)は、実は華山とは別の系統で国主導ではない。

松山は1937年建設の煙草工場を前身とし、2011年に文化創意拠点として開放され、管理運営は台北市文化基金会が担っている。つまり中央政府ではなく台北市が自前で進めた再利用事業。

台北市は松山を「台北市原創基地」と位置づけ、創業育成からブランド形成、試作、発表、国際接続までをカバーする場として運営している。台湾設計館というデザインをテーマとした美術館、デパート的商業施設、ホテル、カフェ、庭園などこちらも幅広い。松山は「台北市のデザインとクリエイティブ」拠点となっている。

専売制度による大規模建造物が現代まで残っていた、という特殊事情ゆえの産物。そこに現代的な感性で産業と文化を合わせていくという試みが加えられたことで、台湾の文化やクリエイティブ事業、エンタテイメント事業の火付け場所として成熟させる。5つの特区はうまくいっているところもあれば、盛り上がりが今一つな場所も。場所×コミュニティとしての価値を高められるかはこれから次第。

***

おすすめ漫画レビュー

シルバーマウンテン 藤田和日郎

僕は『うしおととら』生まれ、『からくりサーカス』育ち、そして『邪眼は月輪に飛ぶ』や『黒博物館』などの短編も愛し…ということで僕の人生と常に共にあるといっていい漫画家が藤田和日郎です。そういえばこのニュースレターで彼の創作術の本である「読者ハ読ムナ」の紹介をしたこともありますね。
そんな藤田先生の最新作がこの『シルバーマウンテン』。なんと藤田和日郎の「異世界転生」ものでもある、という物語です。真摯に創作に向き合う藤田氏らしく、異世界転生モノのフォーマットをしっかり使っており、突然の異世界転生、子供に生まれ変わる、にも関わらず主人公2人は武道の達人2名でほぼ無双状態、と骨格は本当に異世界転生。しかし読み口としては藤田氏らしい独自のファンタジー要素と骨太な人間ドラマ、そして外連味のあるアクションが揃っている読み応えのある作品です。

実はこれ、藤田氏初の挑戦にもなっているのかな、と思っていて彼の過去作品は基本的に現実世界を下地にしていました。その中にうしとらであれば妖怪、からくりサーカスであれば独自の病と人形。双亡亭壊すべしでは館などの独自の幻想・怪異を持ち込むスタイル。しかしシルバーマウンテンは初めて「世界自体が完全なる異世界」という仕組み。彼の持つ創造性・空想力が最大限に生かされている挑戦にもなっているのかなと。

なので、出てくるキャラクターや設定のぶっ飛び具合は強烈。ただ異世界転生ものは「都合よく異世界を持ってこれる」がゆえに、設定が破綻したり、作者の力量が追い付かず書ききれないことも多い。しかしそこはベテラン作家。この作品も見たことない異形や魔法の設定をしっかりと破綻せずに創り上げていて、ファンタジーというよりSF的な楽しみも生まれるほどの設定の作りこみ具合です。

そしてもちろん見逃せないのは強い人間ドラマ。特に3巻と今後出る4巻の冒頭でつながっていく長編「サイッダの嘘」における、ファンタジー世界での設定と、現実世界の人間ドラマをオーバーラップした「愛の物語」はあまりに長編としてよくできていて、最後のエピソードでは滂沱の涙が出てしまいました。昔から藤田節読んでると涙出るんですよね…正直なところをいうと「双亡亭」と「月光条例」は自分の中ではピンとこなかったのですが、この作品の圧倒的な語りとスケールは刊行分だけも満足できる名作。ぜひ今から追いかけてほしい作品です!

***

今週の1曲

 Juice=Juice『「ひとりで生きられそう」って それってねえ、褒めているの?』

https://www.youtube.com/watch?v=8vxfT-NNV1E

順次サブスク公開を進めていたハロプロ楽曲が2月13日に遂に全面解禁。総数3219曲と聞くと日本のアイドル業界で独自の価値を築いてきたハロプロの存在感を感じます。この特設ページにある元メンバーやファンのプレイリストの熱量もとんでもないので、ぜひ確認してほしいコンテンツになっています。

ハロプロガチファンで知られる松岡茉優さんのコメント。テンションが半端じゃないです。

僕はそんなハロプロの良きファンでは特にない、自分が学生の時にモーニング娘の各世代を道重さんぐらいまで追いかけていた程度の人なのですが、1曲だけ図抜けて好きで聞いていた曲がある。それが2019年に発表されたjuice=juiceのシングル、「ひとりで生きられそう」って それってねえ、褒めているの?、です。

始めたこの特徴的すぎる題名に惹かれて聞き始めたわけなんですが、タイトル通りに歌詞がすごく良いんですよね。「強い女」の象徴である「ひとりで生きられそう」という言葉への傷つきから始まり、依存できる人を羨ましく感じる思い、一方で自分にも弱さがある。ただ結局自分を幸せにできるのは自分だから「一人で生き“られる”こと」を肯定する。さらに「誰かも愛そう」とまで広がっていく。伝わりやすいインサイトをえぐりながら、それでも世界を広げる帰着をする流れが、手触り感あるのに最後にスケールが大きくて1曲でこの展開はすさまじいなと。

今回紹介するにあたっていろいろ調べたんですがファン投票のイベントである2019年度ハロプロ楽曲大賞では1位を獲得した曲なんですね。ハロプロは歌詞が独創的だなと漏れ聞く楽曲を聞いてよく感じますし、アイドル業界をかなり細かく見ている今考えてみると、ハロプロアイドルの精神性というものは非常に独自の鍛えられ方をしているとも感じます。そんな彼女たちの強さを端的に感じられる曲なのかもしれません。

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最後に!

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