読書記録を通帳にしたら読書量が増えた&リトアニアの刑務所はホットでアートです。

今週は11,857字。バルト三国まで行ってきた。リトアニアの刑務所なのかアートなのか分からない空間に迷い込み、旅の途中でチェスの絶対王者がルールメイカーに転身していた話にハマり、読書通帳の物理UXに感心し、壮年の健康寿命に思いをはせる。今週の書籍はAIを新人として戦力化する本 、今週の1曲はインドネシアのno na、MVが田園から始まるガールズグループ。10個のニュース。
南坊泰司 2026.05.13
読者限定

忙しいあなたのためのマーケティング情報サプリメント。週に一度、厳選されたトレンドと洞察をまとめていきます。これを読めば「主要なトレンドをキャッチできる」、そういった想いで届けてまいります。まずはご登録をお願いいたします。

マーケティングトレンドインプット 今週のクイック解説3選

物理的なUXが行動を変える。読書を通帳にしたら、読書量が増える!?

全国の図書館に、銀行のATMみたいな機械がじわじわと広がっている。
読書通帳機。図書館で借りた本の記録を、銀行の預金通帳そっくりの冊子に印字してくれるサービス。2010年に山口県下関市で初導入されて以来、現在は全国の図書館で100台以上が稼働している。

使い方は実にシンプル。通帳を機械に挿入すると、貸出中の書籍名、著者名、貸出日が自動で印字される。図書館の蔵書データと連携していて、銀行で記帳するのと全く同じ動作で読書の記録が溜まっていく。
面白いのは、本の金額を印字している図書館もあること。購入すれば1,500円の本、2,000円の本が並んでいって、累計額が「残高」のように見える。ある女の子の通帳には合計50万円分の読書記録が残っていたとニュースになった。図書館で借りて読むことの価値が、金額という形で可視化される。
正直、書籍の作者からしたら買ってくれよという感じかもしれないが、図書館の責務は読書量を担保するということだと考えれば「お得に本が読めている」というファクトはそれはそれで利用者の満足度を高めていると言えるだろう。

なぜ「通帳」という形式が良いのか?

読書記録を残す方法はいろいろある。読書メーターやブクログのようなアプリを使えばデジタルで記録できるし、検索もできる。SNSにレビューを書いたって良い。
でも読書通帳が面白いのは、デジタルではできない物理的な体験を提供しているからだと思う。

まず「記帳する行為」そのものが体験だ。機械に通帳を入れて、ガガガと印字される音を聞いてページが埋まっていくのを見る。これ、結構好きな人いませんか?僕は個人の通帳も会社の通帳も記帳する体験が好きなんですよね。自分の足跡が口座残高という1つのフォーマットで可視化されていく感じ。

この身体的なフィードバックが、アプリの「登録完了」通知とは全く違う満足感を生む。この通帳によって子どもたちが学校で通帳を見せ合いながら競い合うように本を借りるようになった、という報告があるが、例えば物理的な冊子だからこそ「見せ合う」行為が成立する。

先述のように「蓄積の可視化」も重要なUX。通帳はページが埋まっていく。1冊目、2冊目と増えていって、1冊使い切ると次の通帳に移る。西尾市では27冊目に達した子どももいるらしい。デジタルだと「127冊読了」という数字になるが、通帳なら物理的な厚みとして手に残る。蓄積が重さになる。読んだ本は自分の中に溜まっている、というメタファーが通帳の物理性によって体感される。

そして「銀行の通帳に似ている」ことの意味。これは完全にメタファーの力で、読書を「資産形成」に見立てている。預金が積み上がるように知識が積み上がる。引き出すのではなく預け入れていく。この類似が読書という行為に「投資している感覚」を付与する。金額が印字される図書館ではより直接的だよね。

導入した図書館で何が起きたか

愛知県岡崎市では2017年の導入後、児童利用者数が前年比10.2%増(5,913人増)、貸出冊数も前年比11.1%増(35,665冊増)。愛知県西尾市では、15歳以下の年間貸出冊数が導入前の23万冊から42万冊へほぼ倍増。他の原因もありそうだがにしてもすごい。しかもこの42万冊ペースが3年間続いているので一過性でもない。通帳発行のコストを考えるとどんな施策よりも強い効果がありそうだ。

西尾市では地元の西尾信用金庫と連携して、通帳1冊分を使い切ると1,000円が子どもの口座に入金される「おだちん」制度を導入した。読書通帳のメタファー(読書=資産形成)を、文字通り本物の入金と接続させている。30冊ごとにガチャガチャを回せるイベントもあって、2か月間で700人が参加した。通帳という物理UXを起点に、地域の金融機関との連携やゲーミフィケーションまで広がっている。

物理UXが行動を変える

デジタル化が進むほど、物理的なインターフェースの価値がかえって際立つ場面が増えている気がする。

読書通帳が面白いのは、やっていることは「読書の記録」というごくシンプルなことなのに、銀行の通帳という既存のUXを借用することで「蓄積感」「資産感」「達成感」を一気に生み出したこと。ゼロからアプリを設計するより、全員が知っている通帳という形式を借りたほうが、説明コストゼロで価値が伝わる。既に脳が処理の仕方を知っているフォーマットに乗せると、体験の理解コストが下がる。

しかも通帳は「記帳しに行く」という行動を含んでいるので、図書館への再来館動機にもなる。本を返すだけなら返却ポストでいいが、記帳するなら機械の前まで行く必要がある。そのついでにまた本を借りる。行動のループが物理的な導線の中に組み込まれている。

「ホットスパン」という概念。寿命でも健康寿命でもなく、"現役でいられる期間"の延長戦

米国の壮年男性が寿命を延ばすことではなく「自分が魅力的でいられる期間」を延ばすことに夢中になっている、という話。

寿命(ライフスパン)を延ばす話は以前からある。健康寿命(ヘルススパン)という概念もここ数年で一般化した。この記事が新しいのは「ホットスパン」という言葉を使っている点。魅力的でいられる期間。見た目も含めて、社会的に「現役」として通用する時間をどこまで引き伸ばせるか。確かに単に長く生きるよりも「最高に魅力的に生きる」時間が長い方がよほど重要だよね。

65歳で終わりではなくなった世界

現代において社会人の定年は先進国において65~70歳に設定されていることが多い。でもこの区切りは労働市場の需給調整という政治的な理由で近代に生まれたもので、人間の能力の限界とは何の関係もなかった。この概念が生まれてから100年以上経ち、人間の健康状況は大きく改善している。普通に考えたら(やるべきことをやっている)人間であれば、より長く「定められた年」よりも活躍できる可能性が高いのは間違いないだろう。

記事に登場する形成外科医も「1995年当時の45歳よりも現在の健康に気を配ってきた62歳のほうが見た目も身体能力も活力も上回ることがあり得る。それは現実だ」と言っている。

なぜ今、見た目への投資が加速しているのか

ホットスパンを保つ手段はかなり多岐にわたる。テストステロン補充療法(TRT)、ペプチド注射、コラーゲン生成を高めるスカルプトラ注入、植毛手術、コンシェルジュ型の機能性医療。
糖尿病治療薬オゼンピックの普及が「社会的ハードル」を下げた、という指摘もある。オゼンピックやマンジャロなどのGLP-1阻害薬は本格的に体重が落ちるわけで、そうした成功体験が「自分の身体に課金すること」になるのは変な話でもないだろう。しかもあまりに広がりすぎ、薬や施術について話すことへの抵抗感が薄れた。かつてはこっそりやるものだった外見への医療的介入が、友人同士で情報共有する話題になっている。若年女性の整形と近いかもしれない。

背景にはAIによる雇用の変化もある。中堅の働き手が新たな職場で競争する場面が増え、LinkedInのプロフィール写真、Zoom面接、ビデオ通話で外見がさらされる機会が高まったこともあるだろう。

長寿のトレンドは「見た目のアンチエイジング」から「機能的な加齢」へ移行していると指摘されている。単に若く見えることではなく、筋力、可動性、エネルギー、自立性を維持できる期間をどう伸ばすか。ただ、この記事が示しているのは、少なくとも米国の都市部の壮年男性に関しては、機能と外見の両方に同時に投資する動きが加速しているということだ。

先日レビューした角幡唯介の『43歳頂点論』とも地続きの話だと思う。冒険家は身体の有限性に敏感で、経験値の蓄積と肉体的な衰えの交差点を常に意識している。米国の壮年男性たちは、その交差点をテクノロジーと投資で後ろにずらそうとしている。角幡さんの問いが「有限の身体でどう生きるか」だとすれば、こちらの問いは「有限の身体をどこまで引き延ばせるか」。方向は違うが、身体の有限性に向き合っている点は同じだ。

日本にもきっと来る話

米国の話だけど、日本でも兆候はある。40代以上の男性のジム通いは明らかに増えているし、メンズスキンケア市場も伸び続けている。美容医療を受ける男性も増加傾向にある。米国のように「テストステロン補充をやっている」「ペプチドのスタックを共有している」と友人同士でオープンに話す段階にはまだ遠い気がするが時間の問題だろうとは思う。

老後に備えて資産投資をやったり、考えたりすることが当たり前になっているように、自分の持っている資産に対して投資すること=としてのホットスパン投資は自然になるだろう。現役として生きていく寿命をどう設計するかは、キャリアの問題であると同時に、身体との付き合い方の問題でもある。

広告が"邪魔なもの"から"ありがたいもの"に変わる自販機

50インチの大型ディスプレイがついていて、15秒の広告動画を見るとミネラルウォーターが1本無料でもらえる。ADWATERという名前の自販機が登場予定(現在は東京都内で設置場所を募集している段階)

先日は化粧品バージョンも見かけた。調べてみるとこちらはAIICO(アイコ)というサービスでアンケートに答えるとコスメや日用品のサンプルが無料で出てくる。こちらは既に全国250台以上が稼働していて、キッコーマンのような大手メーカーもサンプリングに活用。従来の「手配り」では効果測定が難しかったサンプリングの課題を、自販機型にすることでデータ化できる点が注目されている。

どちらも仕組みは似ていて「広告(またはアンケート)への接触」と「無料の商品提供」を交換する。テレビCMやWEB広告と根本的に違うのは、消費者が自分の意思で広告を見に来ているということ。喉が渇いている、サンプルが欲しい、という明確な動機があるから広告に接触する。邪魔されているのではなく、見返りをもらうために自分から見ているのは広告への興味関心は全く異なる視聴態度と言っていいだろう。

広告の「感情」が逆転する

ADWATERの説明文に「喉が渇いたタイミングで利用されるため、広告は"邪魔なもの"ではなく"ありがたいもの"として受け取られる」。これは確かに水特有の減少だろう。特に水は高温多湿が加速する日本においてライフラインともいえるものであり「ありがたい」の感情は強くなりやすいかもしれない。

現在ほとんどの広告は消費者の行動を中断する。YouTubeの動画の前に流れるプレロール広告、SNSのフィードに挟まるスポンサード投稿、ウェブサイトのポップアップ。全部、消費者が「見たいもの」と「見せられるもの」の間に無理やり差し込むスタイルる。広告の効果は認めつつも、消費者の感情としては常にネガティブである。

自販機型の広告は、この感情を反転。水がもらえるから広告を見る。見た結果、感謝の感情が残る。ブランドへの第一印象が「邪魔された」ではなく「もらった」から始まる。広告の内容がどうであれ、接触時の感情がポジティブなのは大きい。(もちろんある程度ポジショントークであることは認めつつ)

世界ではどうなっているか

「広告を見たら商品がもらえる自販機」のコンセプト自体は世界にもある。

中国では数年前からWeChatと連携した「スキャンして広告を見るとサンプルがもらえる」自販機が都市部に普及していて、化粧品、飲料、日用品のサンプリングチャネルとして定着している。ミニプログラム(WeChat内のアプリ)との連携で接触データがそのままECの購買導線に繋がる設計になっているものもある。駅やショッピングモールに結構あります。

米国では別の方向に進んでいて、自販機をデジタル広告のネットワークとして束ねる動きが加速している。自販機のスクリーンにプログラマティック広告(リアルタイムで自動入札される広告)を配信するプラットフォームを構築していて、自販機1台あたり月50〜500ドルの広告収入を見込む。こちらは「無料で商品をあげる」モデルではなく、「商品販売と広告収入の二毛作」モデルだ。

ただ、ADWATERのように「常設の自販機として街に置き、水という日常的な商品を広告視聴の対価にする」モデルを本格展開しているケースは、グローバルでもまだ少ない。

この自販機は施設への集客装置として機能するのも興味深い。「無料で水がもらえる」という動機で人が集まるので、商業施設の回遊促進や滞在時間の向上に使える。設置場所としてショッピングモール、駅ナカ、大学、観光地を想定しているそうだ。

AIICOも同じ構造で、サンプル自販機を置くことで施設への来店動機を作っている。Instagramのフォロワーが11,000人以上いて、「今日はどの施設のAIICOに何が入っているか」を確認してから出かける人がいるらしい。自販機が目的地になっているのは強烈。

広告接触の「質」を変えうるか

WEB広告では、ビューアビリティ(本当に見られたかどうか)が常に問題になる。画面の外に表示されていた、スクロールで一瞬通り過ぎた、別タブで音だけ流れていた。広告費を払っているのに実際には見られていない、という構造的な課題がずっとある。

自販機型の広告は、この問題をかなり物理的に解決する。15秒間、目の前に立って画面を見ないと水は出てこない。確実に視聴される。しかも1対1の接触で、周囲に人がいれば画面が自然と視界に入る。クリエイティブ次第では「あの自販機で面白い広告やってた」みたいなシェアも起きうる。

接触の「量」ではWEB広告にかなわない。でも接触の「質」、つまり「本当に見られた」「ポジティブな感情で見られた」という点では、かなり有利な媒体になる可能性がある。

***

源泉かけ流し!今週のマーケティング関連トピックス(今週は10個ご紹介!)

星野リゾートは“おひとりさま部屋”が稼働率90% 「ひとり旅」がここまで売れるワケ

星野リゾートのトップクラスブランド「界」には「おひとり様プラン」があり、新しく立った「界 奥飛騨」では一人用客室まであるらしい。
ほぼ2人一部屋と1人当たり価格は同じで、稼働率は90%超え。
旅行の価格が高騰するなかで人を誘って旅行に行くのが年々難しくなる中、旅行好きが一人を選択するように。

1日1本バナナを食べることを想定した韓国スーパーのパックが秀逸

韓国のスーパーマーケット、e-martで1週間バナナパックが売られてるらしい。
それぞれが異なる熟し具合でパックされていて1週間1日1本を想定したまとめ売り。
これ、見た目も良いし、
熟すのを観察する楽しみもあるし、
7本売りを実現してるし、熟してない段階でも売れる、と複合的にめちゃ面白い。

オリエンタルランド、修学旅行へのアプローチに注力してるのか

ディズニーランドのオリエンタルランド、
修学旅行向けのアプローチを強化中。
価格高騰とともに来場者の高齢化が言われている東京ディズニーランドなので、学生における最高の思い出としてのディズニーランドを原体験として刷り込むのは若返りのアプローチとして納得感あり。

この記事は無料で続きを読めます

続きは、5411文字あります。
  • 海外現地調査レポート:リトアニアにあるカルチャー震源地になった刑務所リノベーション Lukiškės Prison 2.0
  • 偏愛!なんでもインプットコラム
  • 明日から効く!人生の糧になる書籍レビュー
  • 今週の1曲
  • 最後に!

すでに登録された方はこちら

誰でも
GW特別企画!マーケティングアンテナ総集編!
読者限定
新しいAIは存在しても、若いAIは存在しない&コンビニがなぜ聖地化する...
読者限定
売れる食品の表現は食感の言語化&AI不使用と明記することが消費者的にポ...
読者限定
感情をミュートする出さない社会&「イケてるカフェ」が結局同じような見た...
読者限定
言語の壁が超えたXで何が起きるか?&NIKEがこの5年で失ったものとは...
読者限定
「安くてデカい」シンプルな物理価値が強い&中国・深圳のドローンデリバリ...
読者限定
AI生まれのフェイクバンドがホンモノになった!?&パリのSHEIN実店...
読者限定
大阪の下町商店街と融合するホテル&パフォーマンスとしての読書が世界に広...